エピローグ 

038 永遠

 ――もうすぐで世界が終わる。 


 まだ、やることがあったはずなんだ。未練なんて、有り余るくらいにあるのだ。

 でも、運命に抗うことなんて、できるはずがなかった。

 

 ――死にたくなんてない。


 自分の存在が消えてしまうなんて、考えたくもなかった。


 でも……それ以上に、自分が消えてしまったことを、に認知されないという事実が、なによりも苦痛だった。 

 そのときを待つよりも、今すぐ命を絶ってしまおうかと考えたことがある。毎朝見る、あの人の辛そうな顔が、悲しそうな顔が、心を抉るから。


 けれど、あの人の可愛い笑顔を見ていると、そんな気持ちは簡単に吹き飛んでしまう。あの笑顔が偽りだってことは知っているけれど。


 息が苦しい。周囲の景色が真っ黒になっているように見える。電気がついてないのかと思い、立ち上がろうとしたけど、別にこのままでいいかと思って止めた。


 まるで、海の中にいるみたいだった。


 もがいてももがいても、水面より上に出ることはできない。


 苦しいから、楽しかったあの頃を思い出す。皆と笑いあって、語り合って、遊び尽くした毎日を。過去に思いを馳せて、最後に残ったのは、苦しみだけだった。


 ああ、あの頃に帰りたい。


 時々、記憶の中に入れたらいいのにと思う。記憶に入って、あの楽しかった日をもう一度体験するのだ。 


 何度、っていい。楽しいことなら、いくら繰り返しても飽きないのだ。

 

 それに今よりはずっと、ましだと思うから。

 

 ……ふあぁ……眠たいなあ。


 目を閉じる。もしかしたら、既に閉じていたのかもしれない。瞼の裏にはなにも映らなかった。


 走馬灯だろうか? 過去の景色が頭の中を駆け抜けていく――一瞬で。


 周囲が騒がしい。もうすぐでそのときが来るようだ。お母さん、お父さん、海や早苗の声が聞こえてくる。けれど、和也の声は聞こえなかった。それもそうだ……今日の朝はあたしのこと、自分が一日で記憶をなくすこと、その二つは伝えてないから。伝えたのは、多分今頃、スヤスヤと眠ってるんじゃないかな? 最後に……和也の可愛い寝顔、見たかったなあ……


 どうせ、最後に言葉を伝えても、あたしが死ぬのを見ても、明日になれば忘れちゃうんだから。和也の悲しそうな顔を見たくないから。

最後の言葉を、手紙にするか、ICレコーダーに吹き込もうかとも考えたけど、止めておいた。


 理由はなんとなくでいいよね? それがあたしに一番似合うと思う。

 でも、今になって思う。伝えておけばよかったかなって。未練がばかりだけど、全部墓場まで持っていこう。


 ……和也。あたしのこと忘れてもいいからね。


 まあ、あたしがいないことに気づくことはないんだろうけど。


 ああ、死にたくないな。生きていたいな。和也に好きだって伝えてないし、子供の頃みたいに一杯遊びたかった。

 今までの態度を謝りたかったな。昔はよく殴ったりしたし、不貞腐れた態度をとってたし。

 でも……もう、叶わないみたい。

 大好きだったよ和也。一生分の恋だった。和也と幸せになれればそれでいいと思える恋だった。


 もし、見守ることができるなら、ずっと傍にいるからね?

 

 それじゃあ、幸せになってね。笑う和也の顔を楽しみにしてるから――


 今までありがとう。


 *・*・*


 真っ赤な太陽が島全体を照らしている。顔をあげて直視したら、網膜が焼けてしまいそうだった。汗が滝のように噴き出してくる。

 だけど、僕は夏という季節が嫌いではなかった。


「……暑い」


 今年も夏を迎えられることに、こうして一年間しっかりと生きることができることが嬉しかった。


 少し前――僕は夏に囚われていた。

 ずっと同じ日を何回も繰り返す、輪廻の中心にいたのだ。

 だけど、今の僕は今日を精一杯生きていけば、輝く明日を迎えることができる。


 それもこれも、全部――が僕を守ってくれていたから。


 きっと、キミがいなければ今も僕は同じ夏の日をループしていただろう。

 あの頃のことを鮮明に思い出すことはできないけれど、懐かしいと思える。


「……もうこんな時間か」


 時計を見ると朝の六時だった。あと少しで島民たちが、夏休みの恒例行事であるラジオ体操が始まる。それが終わったらに会いに行こう。


 僕は立ち上がり、目的の場所へとゆっくり歩き出す。カメラや本などを詰め込んだバッグを肩にかけて。


 少しずつ過去を思い返してみる――僕が繰り返した夏の日々を。そして、どのようにしてあの輪廻から抜け出したのかを……思い出していると、すぐにラジオ体操が行われる場所にたどり着いた。僕は優しい島民と共に体を動かした。


 *・*・*


 体操が終わった後、常夏の太陽の下、麦わら帽子を頭に、ウチワを片手に、僕は駄菓子屋の屋根の下で、この島の歴史を語っているらしい。

 聞いた話によれば、早苗がここの駄菓子屋が潰れかけていたのを止めてくれたらしい。ここのお婆ちゃんが死んで、息子や孫も本土にいるから、跡継ぎがおらず、風化して倒れるのを待つ……のなら、潰して違うことにいかそうと考える老人たちが多かったのだが……一年経った今も、こうして建っている。


「――折角、残してやったんだから、お前が働け」


 朝、起きて日記帳を見ると、汚い字で殴り書きされていた。

 こんな状態の僕では大した仕事を見つけられるはずない。毎回、仕事の内容の教授、仕事場の仲間たちの紹介、仕事場の案内……要領が悪いってもんじゃない。全部覚えていられないのだから。甘えだと言われるかもしれないが……受け入れてくれるわけがないのだ。日記帳に書いて仕事覚えるから、経験が体に染み付けばどうにかなるから……そんな説明をしたって、絶対に聞く耳を持ってくれない。


 無能は捨てられる運命なのだ。

 僕は言われた通り、駄菓子屋に向かった。そこには、沢山の子供たちがいた。


「今日も教えて!」


 鼻の穴を広げながら言う、子供たち。咄嗟に日記帳を見てみる……僕は毎日、ここで島の歴史を教えていたらしい。今日話す予定の内容も丁寧に書かれてあった。海の字だった。


 僕はベンチに座って書かれた内容に、自分の経験を交えながら語る。小さな子供たちが目を輝かせながら見てくれてる……といいなあ。でも、真剣に聞いてくれてるみたいだ。


「なんか、買っていくか?」


 語り終えた後、駄菓子屋の扉を開ける。新しく開店する店の初日のように、子供たちが中に流れ込んでくる。一人一人の勘定を順に済ませていく。一番多かったのは飲む方のラムネだった。やっぱり、暑い夏に冷たい飲み物がいいのだ。

 ものの数分で駄菓子屋の中はガランと静かになった。子供の元気は留まることを知らない。見ていると嵐を起こせるんじゃないかと思えてくるほどだ。


 僕は駄菓子屋の扉を閉めて、「本日閉店」の看板をかけた。そして……ある場所へと闊歩し始めた。


 *・*・*


 海は今もこの島の神社で巫女をしているらしい。配偶者は未だになし。

 夏見とかいう後輩女子は、この島の高校で大学受験に向けて精を出しているとか。今日の朝もそうだったが、毎朝、僕に顔を出しているらしい。元気でいい娘だなと思った。彼氏募集中なんですよ~♪ だと。僕に向けたようにも聞こえる言葉は、知らない誰かへと向けられた言葉だった。

 ちなみに、早苗は今、本土で仕事をして暮らしているらしい。今日の昼に、この島に帰ってくるそうだ。楽しみだが……それよりも楽しみなことがある。


 僕は島の北端にある墓場に向かった。お盆初日だからか、多くの人影が見えた。来慣れていない場所だったからか、目指す場所へは中々たどりつけなかった。縦横無尽に歩き回って、やっと――見つけた。


 彼女の墓を見つけたわけではない。墓石の頭に座る、不謹慎な行為に及んでいる少女を見つけたのだ。周囲の人は訝しげな視線を浴びせているが、叱ったり追求したりしないのは、深く麦わら帽子を被っているせいで、その人物が誰かわかっていないからだろう。それもそうだろう。


 僕は墓石に乗る見慣れた少女に声をかけるために、大きく息を吸った。


 無限にある言葉の数々の中から、この邂逅に最適な言葉を組み立てる。


 煌々と照りつける太陽。


 白い雲が泳ぐ真っ青な空。


 青々とした海と森。


 舞台は整っている。後は僕次第なのだ。

 けれど……やっぱり、あの頃と僕は変わらないみたいだ。

少女は僕に笑いかけた。その笑顔を見ただけで、僕の頭から組み立てていた言葉が崩れ、過去の思い出が、走馬灯のように駆け抜けた。


 不甲斐ないけど……滅茶苦茶情けないけど……今年の夏は彼女の声から始まるらしい。


 ――ただいま――和也。

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永遠も半ばまで来て ―同じ夏を繰り返す僕と未来から来たキミ― 群像劇フェチ(末下浩志) @gunzougekifeti

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