004 疑念

 喫茶店で夏見と別れて、僕は家路についていた。


 足取りは重たい。不安と疲れが体を侵食していたのだ。不安は膨らみ、疑念へと変わる。


「優香里……何処にいるんだ?」


 夏見は島で何回も顔をあわせていると言った。


 おかしい。


 優香里が一ヶ月近く前に戻ってきたなら、絶対に島の何処かで会えるはずだ。噂にもなるはずだし、目撃情報だってあるはず。というか、まず、どうしてこの島に優香里が帰ってくるんだ? 霊盆祭に参加するためか?


「いや、でも」


 来るなら連絡ぐらいするはずだ。僕を驚かせたいから連絡しなかったという理由は、今になっても僕の前に現れていない以上ないだろう。


「……僕が知らないだけ、ってことは……」 


 考えても考えても、答えはでてこない。今の話は全て仮定でしかなく、確定的なことは微塵も含まれていない。


「聞いてみるしかないか」


 そうこうしているうちに、家にたどりついた。


「何処ほっつき歩いてたんだ!」


 玄関を開けて中に入ると、挨拶の代わりに罵声が飛んできた。リビングに寝転んでいた早苗の声だ。


「ごめん。蝶を追いかけてたんだよ」

「お前の脳内はお花畑か。追いかけるんだったら追いかけるで、ちゃんとあたしに言ってからにしろ」

「はいはい。次からは気をつけまーす」


 僕は早苗の声を受け流して、自分の部屋に戻ろうとする……と、その前に、


「そういえば、早苗。一つ聞いていいか?」

「あ? なんだ?」


 説教モードを解除した早苗は、デカイ尻をかき、煎餅せんべいを食べながらスマホを見ていた。僕は一回咳払いをして、


「――優香里って、帰ってきてるのか?」


 早苗が尻をかく手を止める。煎餅を咥えた顔をこちらに向けると、


「お前が見てないなら帰ってきてないんじゃないか?」


 意味がわからなかった。僕の質問にこたえているようで、こたえていない。肝心の「優香里が帰ってきてるのか、帰ってきていないのか」という部分を避けている。どうして避ける必要があるのか。早苗は……優香里のことを知っているんじゃなかろうか。


「わかった」


 追及はしなかった。こたえてくれないと思ったから。

 僕は自分の部屋に戻り、ベッドの上に寝そべった。


 ――お前が見てないなら帰ってきてないんじゃないか?


 そうかもしれない。夏見を嘘つき呼ばわりするわけではないが、見間違えているという可能性も捨てきれない。違う人物を優香里だと勘違いしているのかもしれない。あの二人に接点があるとは思えない。

 でも……そう、思いたくはなかったのだ。

 僕がこの島にいるまでは、優香里にはこの島にいて欲しかった。


『なあ、どうしてこの島から出ていくんだ?』

『あたし、向こうでも頑張るから』

『ああ、頑張れ。それで、なんで――』

『さよなら。また、いつかね』


「……なんでだろうな」


 あいつは教えてくれなかったのだ――この島から出ていった理由を。


「……そういえば」 


 考えていると、何故かスマホを充電していたことを思い出した。もしかしたら、実は連絡が来ていたのだが、僕が気づかなくて、それに怒った優香里は僕と会うことを避けているのかもしれない。それでも、島の噂にならないのはおかしいが。それに、昨日まで普通にスマホを触っていたし。


 僕は充電器を抜き、スマホの電源を入れようとする。


「……つかねえし」


 画面は真っ黒のままだった。充電器が壊れているらしい。


「仕方ない。早苗からパクるか」


 部屋を出て二階にあがる。早苗はリビングでスマホを見ていて、僕に気づいていない。


 泥棒の気分で、早苗の部屋に侵入する。ベッドと机しかない、女性らしくない部屋だった。絨毯は一色、壁紙も貼らず、人形やインテリアは皆無で、ビールの空き缶や化粧品が転がっているこの部屋からは、生活感がありありと感じられる。

 机の上にある金髪の塗料の横に置いてある充電器を手に取る。


「お、財布発見」


 長財布が机の上にあるのを発見する。


「そういえば、もう、お金がなかったな」


 僕の財布の中には小銭しかなかった。駄菓子屋でかき氷さえも食べられない額しかなかった。おかしいなあ、もうちょっとあった気がするんだけどなあ。まあ、いい。よく早苗にお金を貸したのだが、今まで一回も返ってこなかった。貸すときはあげると思って貸せという言葉を、身を持って知った少年時代だった。


「拝借しよう」


 長財布をポケットに突っ込む。人間とは愚かな生き物で、宝くじや事情の成功で大金が懐に入ってくると、浪費癖がついてしまう。その癖は、お金がなくなっても、借金が膨らんでいってもなおらない。

 浮き足だった僕は、なにか買ってこようと外に出ることにした。部屋に戻り、スマホに充電器を繋げると、玄関で靴を履いて、


「いってきまーす!」

「いってらっしゃーい」


 早苗の声を背に受けながら外に出た。

 茜色に染まった空が、青紫色に縁取られている。沈んでいく太陽を追いかけるように、夜の闇に侵食されていく。

 そうだ、島の外を一周しよう。到着地点は駄菓子屋だ。お菓子を買って、優香里を探して、一石二鳥だ。


 足に抱えていた疲労は消えていた。今なら、天国にでも行けるような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます