008 終わりの見えない夜

「ちょっと着替えるから待ってて……絶対に覗かないでね」 

「わかってるよ」


 覗きだって立派な犯罪だ。倉庫の中で着替えている間、僕の頭の中は……桃色一色だった。下半身に血液が集中しそうな妄想に耽り、自分が生きている幸せを噛み締めていた。倉庫の扉や花火になりたがっていた自分は既に過去だ。そもそも、和也でなければ海とか優香里とは出会えていなかったのだから。


 そんな喜びを感じてる度、絶対に考えてしまうことが一つはある。僕はこの島が好きではない。でも、この島で生まれなければ海や優香里と出会うこともなかったわけだ。けれど、きっとこの島でなくても、二人と同じような友人とは出会えていたと思うのだ。偶然、ここに生まれただけで、偶然友人になっただけで、別にこの島じゃなくてもよかったんだ。でも……僕には二人以外の友人ができることを想像することはできなかった。

 ……もしかしたら、僕は別にこの島が嫌いではなかったんだろうか。島で生まれた、生まれなかったのたらればの話など、考えるだけ無駄なんじゃないか。

 考えを重ねるほど、また沼地に沈んでいってしまう。どんどん湧いてくる疑問の答えを見つけられずに後回しにしていく。そうやって、また自分の首を絞めていく――


「――終わったよ、和也」


 そこまで考えたところで、海が倉庫から出てきた。大切な幼馴染みの顔を見て――それまでの疑問のそれぞれが、光を見つけたように思えた。ああ、なんだ。悩むことなんてなかったんじゃないか。


 一気に胸が軽くなる。心の中には、ある一つの決意が芽生えていた。


「なあ、海」

「……な、なに?」

「明日もここに来てもいいか?」

「え? い、いいけど。なんで?」海は首を傾げる。「和也って神社のことそんなに好きだったっけ? 今日も無理に来てくれたんでしょ?」

「だからだよ。だからこそ、僕は明日また、この神社に来たいんだ」

「…………?」


 言葉の真意を掴みかねているのか、浮かない顔の海。僕は自分の頭を掻いて、


「だから……もっと、この神社のこと、島のことを知りたいと思ったんだよ。だから、反省文も提出するから、明日も……今日みたいに教えてくれないか?」


 僕は海の頭の上にポンと軽く手を置いた後、そのまま階段をのぼり始めた。海が今どんな表情をしているのかは定かではないけど……笑ってくれているんじゃなかろうか。熱心に歴史を教えてくれるような幼馴染みなのだから。

 今の僕の表情は? 確かめたくもない。きっと、死にたくなるくらい情けない顔をしてると思うから。


「――和也!」


 背中に海の声がぶつかる。僕は振り向かず、立ち止まった。大きく息をする音が聞こえた。


「約束だからね! 明日……いつでもいいから来てね!」

「……ああ」

「それと! ……私……!」


 そこからの言葉は続かなかった。振り向くと、地面を見つめている海がいた。具合でも悪いのかと心配になり、


「……どうした。大丈夫か?」


 声をかけると、海が顔をあげた。その表情は、吹っ切れたような、清々しいほどの笑みを浮かべていた。でも、少しだけ寂漠が滲んでいるようにも見えた。


「なんでもないよ。それより、早く行こう。夕食、作ってあげるから」


 海が一段飛ばしでかけあがり、僕の横に並んだ。そして、僕らは一段ずつ階段をのぼっていった。二人でいる時間を長くするように……


 *・*・*


 疲れた。疲れた。


「寝たい寝たい寝たい……」


 自分の欲望を呟きながら歩く帰り道だった。

食べ過ぎるのも迷惑だと思い、少しでいいよと言ったのが仇となった。僕が夏バテと勘違いした海は、見ただけで胃がもたそうなスタミナ料理を、象に食べされるのかというほど大量に机の上に並べたのだ。


「おかわりもあるからね! たくさん食べてよ!」


 無垢な笑みを見せられては、断れるはずがなかった。僕は象だ、そうなんだと、暗示をかけながら食べた。味なんてわからなかった。

 結局、ご飯は三杯食べたし、出された料理も完食した。海の会心の笑みの代償として、僕は胃袋を捧げることとなった。胃薬を飲んで多少は落ち着いたものの、辛くて歩くのもやっとだった。後ろ向きになってもいいことはないのだと、前向きに考えることにした。


「寝る! 家に帰ったら全力で寝る! 風呂も入らん、歯も磨かん! ただ、寝るのみ!」


 そんなこんなで家にたどり着いた。


「ただいま」

「お帰りー、お休みー」


 家に入ると、お母さんが階段を上って寝室に向かっているところだった。転ばないか確認する余裕もなく、一直線に自分の部屋に向かう。ドアノブを握ろうとした直後、誰かに手首を掴まれた。

 少し日に焼けた手首を辿る……早苗だった。


「……なに?」

「風呂は?」

「…………いや、寝ようかと……」

「風・呂・は?」


 威圧してくる早苗。反抗する体力もないし、確かに風呂に入らないのは汚い。


「わかったよ……」

「それでいい」


 階段を上って自分の部屋に戻る早苗。このまま寝てやろうかとも思ったが、明日が恐いので入ることにした。 

 夜も遅かったので、湯船は張っていない。シャワーで、汗と汚れを洗い流していくと、体に付着した疲れも一緒に流れていくような気がした。曇った鏡を拭いて、自分の体を見てみた。


「……あれ」 


 脇腹や胸、下腹部に、見慣れない傷跡があった。いつのだろうか? 古傷ができるような怪我をした記憶はないのだが。背中も見ようとするが、自分ではうまく見れない。


「……まあ、いいか」


 考えたって思い出せないのだから。明日、早苗とか海に聞けばわかるだろう。自分のことよりも、他人のことの方がよく覚えていたりするからな。

 僕はシャワーの水を止めて、外に出た。


 ――今日も一日が終わる。

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