004 長い長い昔話

 幽霊は自分の死を繰り返していると聞く。


 なんでも、自分が死んでいることに気づかないんだとか。自分の死を知らないまま、同じような時間と痛みを繰り返し、苦しみ続ける。想像しただけで背筋に悪寒が走るような話だ。


 海曰く、そういうのは自殺した人に多いらしい。

 自殺を実行する理由をあげるとするならば、どんなことがあるだろうか。借金が返せなくなったからとか、苛められていて辛かったからとか、大好きだった人が死んだからとか……挙げ出したらきりがない。でも、全てに共通することは、生きることよりも死んだ方が、本人にとっては幸せだということだろう。


 死ぬという行為は、逃げると同義であると言える。


 そうだ、生きているから辛い思いをするのだ。命を絶ってしまえば、自分の存在を消してしまえば、辛い思いをすることはなくなる。

 僕は自殺したことはない。当たり前だ。死んでいたら、ここにいる僕をどう説明すればいいのだろう。だから、自殺をする人間の感情なんて、想像の範疇はんちゅうを出ることはないが、大体は今挙げた理由が妥当だと思う。

   

 そう思った矢先、海が幽霊になるような人間は、自分が死んでいることに気づいていないと言った。


「あと、死を繰り返す幽霊は、自殺以外で死んだ人がなる場合もあるの。例えば、道に突っ込んできた車に轢かれるとか、寝ている間に殺されたりとか。ほら、これらの場合、本人が予期せずに死ぬでしょう? 老衰とか病気だったら自分の死を自覚できるけど、事故とか殺人は予期することが難しいからね」


 これには心臓を直接握りつぶされたような感覚を味わされた。それを海は察したのか、


「だから、もしかしたら私も、和也も実は死んでいるのかもしれない。同じような日をのかもしれない。自殺だったら凄く辛いと思うよ。だって、死にたかったのに、死ねないんだもん。死ぬ痛みよりも、死ねない苦しみの方が、本人にとっては辛いと思うよ。でも、だからってそれ以外の死に方で死んだ人が辛くないかっていうと、それもとても辛いことだと思う。その人たちは生きていることに苦しみを感じていないだろうから……繰り返していること自体気づかないんだろうから」


 僕は自分の心中を探ってみた。僕に自殺欲求があるかどうか……これまで生きてきた中で、生を手放すまでに匹敵する悲しみが立ちはだかったことはないはずだ。借金はないし、海とか優香里とか友人もいて、苛められたこともない。祖父や祖母は僕が生まれる前に亡くなっていたし、生きている間に大切な人を失ったこともないはずだ。


 じゃあ、事故や殺人か? いや、でも、この島は車通りも少ないし、殺人事件なんて何十年も起こっていない。けれど……その可能性はゼロだとは言い切れない。


「……和也。そんなに考えなくたっていいよ。はっきり言うと、この話が本当かはわからないし、もしかしたら創作物なのかもしれないし」


 深く考えこんでいたからか、海が心配してくれた。


「……ああ、わかった。それで、その幽霊がどうなんだ?」


 日記帳に鉛筆を走らせながら、続きを促す。


「うん、今話した通り、幽霊はそうやって生まれるのよね。世間一般的に、幽霊は夜にしか出現しないって言うけれど、実際は朝も夜も関係ないの。いつでも姿を現すの。だから、この書物によると、島の人はよく死んだ人間が普通に歩いているのを目撃したらしい」

「ん……じゃあ、たくさんの幽霊が徘徊してたのか?」

「ううん、昔からこの島自体は平和だったみたいで、自殺者とか事故死、暗殺された人は数年に一人位だったみたい……人が死んでる時点で平和だって言うのはあれだけど、時代を考えてみれば平和な方だと思うよ」

「ふーん、でも、今の話を聞いてると、都心の方とかはヤバイんじゃないのか?」

「確かにそうかもね。でも、この島以外での幽霊の目撃情報は、広さや人口を考えてみたら、かなり少ないよ」

「なんでだ?」

「うーん、私にもよくわからないんだけどね。なんか、この島は……霊力れいりょくって言うのかな? なんか、その力が凄い強かったみたいで、霊が視覚化しやすい環境だったみたい」

「力が強いと見えやすくなるのか?」

「うん。ほら、よくある霊の目撃情報って、廃墟とか廃病院とかが多いでしょ。それに、見えるのは一瞬だったり。霊力はそういう死んだ土地に集まりやすいみたいなの。でも、力が弱いから視覚化できるのは一瞬だったり、辛うじて声だけってことが多いの。この島はその霊力が何故か凄く強くて……昔は普通の人間と遜色そんしょくがなかったみたい。触れられるし、声も聞ける」

「……にわかに信じがたい話だな」


 非科学的過ぎる。現代化学がまだ解明できるまでに成長していないだけと言われればそれまでだが。江戸時代の人間が、飛行機やインターネットの存在を教えられたとしても、僕と同じ反応をするだろうし。


「私も信じられないよ。私が生まれてからそんな話、一回も聞いたことないし。でも、この幽霊の存在がこの神社の建設に関わってるってことは聞いてる」

「その幽霊の除霊じょれいとかか?」

「うん。私たちの家計は、一代目から幽霊の除霊をしてきたみたいなの。それから何代も続いて、三代目が霊盆祭れいぼんさいを生み出したみたい」

「霊盆祭……ああ、儀式のことか」


 八月十三日から八月十六日の期間を盆と呼んでいるが、霊盆祭と呼んでいる人間もいる。


「あれ、最初からじゃないのか」

「そうみたい。なんか、それまでとは違う話が出てきちゃったみたいで」

「違う話?」

「うん……」


 海は俯き、視線を湯呑みの中のお茶に泳がせた。中々、重い話みたいだ。だが、そんな顔をされると、俄然がぜん、興味が湧いてきてしまう。押すなと言われると押したくなってしまう、なんとも悲しい人間のさがだ。


「……どんな話なんだ?」


 恐る恐る聞いてみる。海はゆっくりと顔をあげる。


「話すと長くなるけど、いい?」

「……ああ、頼む」


 海が重たい重たい唇を開く。その動きを目で追いかけ、声に耳を傾ける。


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