002 島の散策

 家の外に出た瞬間、太陽の光が僕の体を炙っていった。このまま家に戻ろうかと、体が振り返るところだった。丁度昼食の時間だからなのか、それとも単に人口が少ないのか、辺りには人の姿は見当たらなかった。


 菱形島ひしがたじま。真上から見ると菱形のような形をしていることからこの名前がきている。大きさは東京ドーム……何個分だったかなあ。とにかく、とても小さい島だ。有名な観光名所などはなく、高齢化と共に、過疎化も進んでいる。電話は黒色のダイヤル式だったり、時代に取り残された部分はあるけれど、スマホだとかインターネットだとか、時代の流れに乗っ取っている部分もある。だから、若者は時代の最先端を知ることができる。そして、島と本土のギャップに気づいてしまうのだ。この島には一つだけ高校があるのだが、最近は島外の高校へ通う高校生も、島内の高校の廃校の話が出るくらいには増えている。また、休みの日を活用して、本土に遊びにいく人も増えていた。だから、多くの人が島では体験できない遊びを知ってしまう。ただでさえ高齢者が多いというのに、若者は高校を卒業をしてすぐに島を離れていくのだ。


 きっと、僕も他の若者のように、高校を卒業すれば都会に仕事を見つけて移住するのだろう。この島には僕を引き留めるほどの価値がある思い出がない。

 そして、もう一つ、僕には会いたい人がいたのだ。そいつは元々はこの島に住んでいたのだが、数年前に島外に引っ越ししてしまっていた。あれから顔を会わせたのは片手で数えるほどである。

 それなのに、


「……遅い」


 その会いたい奴は、この島に帰ってきていやがったのだ。


「……優香里、何故、お前がここにいる」

「ん? あたしがここにいたらいけないの?」

「いや、別に問題は……あるわ。お前、本土に引っ越しただろう。忙しくてこっちに帰れないって言ってたじゃないか。だから、会うときはこっちから出向いてたのに……高校、止めたのか?」

「なんだ、そんなことか」

「いや、そんなことって……」

「学校は止めてない。ただ夏休みで暇だっただけ」 

「へえ……本当にそれだけの理由か?」

「……ふん」


 優香里は感情に赴くままに生きているような人間だが、自分にとって利益がないような、意味のないことはしない。彼女は分別のできる人間だ。娯楽の乏しいこの島に来たって、暇潰しなどできるはずがないことは知っているはずである。 

 自分の心の中を読まれたのが余程悔しいのか、優香里は不満気にこたえた。


「……ほら、今日からお盆でしょ。色々とあって、しっかりと参加しろって言われたから、仕方なく来たの」

「ああ、なるほど」


 ――盆。

 八月の十三日から十六日まで行われることが多いこの行事は、先祖様や故人を迎え、期間中一緒に現世で過ごした後、あの世に送り出すというもので、本土でも広く行われているらしい。この島でも同じく、八月十三日から八月十六日に行われている。島民は全員で、神社に強制的に集まることになる。

 お盆なら寺じゃないのかと思うかもしれないが、菱形島では神社なのだ。理由はよく知らない。だが、別に神社でもいいらしいので、そこは問題にしない。


 特別なことをするわけではなく、やることは本土と同じだと思う。違うとしたら最終日に行う儀式だけだろうか。大きな祭壇に様々な供物(茄子と胡瓜の馬とか茹でたソーメンとか果物とかお菓子)を飾り、その前で儀式の正装を着た老人たちが民謡楽器を奏でる。それに合わせて、キャンプファイヤーのように燃え盛る火の周りを、巫女服を着た若女が舞を踊る。それ以外の島民はそれを眺めているだけだ。中には歌ったり、同じように舞を踊ったりする人もいるが、殆どがお年寄りだ。若者は欠伸あくびをしているか、笑って話しているだけだ。そして、最後は作成した灯籠とうろうを海に流す。帰る先祖様が道に迷わないように、と。


 島は過疎化が進んでいる。加えて高齢化も進んでいる。

 高校を卒業したこの島の若者の約九割は本土の大学に行く、もしくは都会で職を見つけて暮らす。大学に行った者も同じで、島に帰ろうとはしない。

 かといって、残りの一割はどうかというと、島でしばらく働いて、金を稼いだら都会に旅に出たりする。


 よって、島に残る若者は殆どいない。

 きっと、この伝統も数年後にはなくなってしまうだろう。老いた人たちは、伝統を残そうと躍起になっているが、やっぱり時代には逆らえないのだ。


 お盆。それは死者を迎え、見送る儀式。

 十三日になると先祖様がそれぞれの家庭に帰ってくる。十六日になると帰っていく。誰がこんな馬鹿みたいな話を信じるのだろうか? 霊なんていないに決まっている。今頃、神社では準備が始まってるんじゃないだろうか。こんな無駄なことに時間を使うなんて、大変だな。


「手伝いに行くのか? 去年を除いて、毎年準備の手伝いをしてたが」

「うーん、まあ、気が向いたら行こうと思ってるよ」

「今頃、うみがひいひい言ってるぞ」

「そう思うなら、和也が行ったらどうなんだ?」

「無理だな。年寄りに囲まれるのはあれだし、貴重な夏休みを無駄にしたくはないからな」


 なにもなかったの一言で総括できてしまう夏休みにはしたくないのだ。


「それで、優香里はどうするんだ、これから。実家にでも挨拶しにいくのか?」

「それはもう済ましたよ」

「流石だな。面倒なことは先に片付けておく」

「誉めるくらいなら駄菓子買ってよ。すぐ近くに駄菓子屋があったよね」

「百円までな」

「おー、意外と太っ腹だね」


 二人で並んで、駄菓子屋まで歩く。日差しが強いせいか、優香里は麦わら帽子を深く被っていた。見上げると、強い陽光が網膜を焼いていくように感じた。目を逸らすと、視界に何本もの線の残像が残っていた。


「……おっ、和也じゃねえか!」


 歩いていると、半袖半ズボンのお爺さんに声をかけられた。頭を青いタオルで巻いている。


「おは……こんにちは、良輔りょうすけさん。今から漁ですか? 海はそっちじゃないですよ」

「こんにちは、又吉またよしのおじさん」

「ははっ、それが家に忘れちまってな! 今から家に取りに帰るんだよ」

「そうなんですか」


 海に囲まれたこの島では、漁業が盛んである。毎朝、男たちは船に乗って海に向かっているのだ。荒れ狂う海に挑む彼らの勇姿に憧憬どうけいしていた頃もあったが、今ではなにも感じない。勿論、感謝はしてるんだけどな。


「そうだ! これをやろう!」

「い、いいですよっ! 受け取れませんって!」


 良輔さんは魚の干物が入った袋を二つ僕に押しつける。狭い島だけあって、島民とは殆ど顔馴染みなのだ。だから、こうしてなにかをくれることが多々ある。


「まあまあ、俺たちのなかじゃないか! 受け取ってくれよ~」

「そうだよ、和也。向こうが渡したいって言ってるんだから、受け取ってやればいいじゃん。人の好意を踏みにじるつもり?」

「だ、だけど……ああ、もう、わかりましたよ! ありがたく貰います!」

「そうか! 受け取ってくれるか!」


 海の幸が入った二つの袋を頂いた。おかげで両手が塞がってしまった。


「じゃあ、元気でな! どんなことがあっても前を向いて進めよ! 俺は見守ってやるからな!」

「ありがとうございます……応援されるようなこと、なにもしてないんだけどな……」

「じゃあね――――――――っ!」


 良輔さんは振り向かず、坂を登っていった。


「いい人だよね」

「ああ、……この島は善人で溢れてると思うよ」


 だけど、その優しさに辟易する人がいるのも確かなのだ。過干渉を嫌がる人は沢山いる。そして、善人ばかりというわけでもない。


「それで、だ。優香里も善人だらけの島の住民なんだ」

「それが?」

「なら、この僕の手を塞いでる荷物の片方を持ってくれる優しさを、優香里は持っている……」

「今のあたしは本土の人間だから」

「……可愛くない奴め」

「ふふっ、なんとでも言えばいいよ」


 悪戯をする子供のような笑みを浮かべて、優香里は僕の前を歩いた。僕はため息をつく。


 やはり、彼女は女王様なのだ。

 

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