社内恋愛終了のお知らせ ⑪

「二人ともいい加減にしてください。両側でゴチャゴチャ言われたら、せっかくの料理がまずくなる。痴話喧嘩なら二人だけのときにやればいいでしょう」

「痴話喧嘩ってなんだよ!」


 伊藤くんが声を荒らげると、瀧内くんは持っていた箸と一緒に、大きな音をたててテーブルに手を叩きつけた。


「そのまんまの意味だよ!二人とも、つまらないことで意地になってるだけだろう!いい歳した大人なんだから、いい加減学習しろよ!」


 これはかなりまずい状態なのでは……?

 瀧内くんがこんなに怒っているのは珍しい。さすがに食事をできるような状態でもなく、潤さんもただ事ではないと思ったのか、箸を置いてため息をついた。


「志岐も玲司もちょっと落ち着け。何があったのか話してみろ」


 潤さんに促され、瀧内くんは事の発端を話し始めた。


「この間の人事異動で、関西支社から異動してきたハマさんがね……異動当初からやけに葉月さんに馴れ馴れしいんです。今日の昼休み、浜さんが葉月さんを食事に誘って……」

「社食ランチ?」

「いえ、今夜仕事のあとに食事がてら飲みに行かないかって」


 葉月は美人だし、同じ大阪出身で話が合うこともあって、浜さんと言う人にずいぶん気に入られているらしく、以前から何度も積極的なお誘いがあったようだ。そのことは伊藤くんも知っていたものの、二人は社内恋愛を周りに隠しているので、葉月への浜さんの言動を常に警戒していたらしい。

 葉月は食事や飲みに誘われる度に関西人特有のノリで軽く受け流して断ってきたけれど、今日は間の悪いことに、その様子を伊藤くんが目の前で見ていたと言うのだ。


「飲みの誘いやったらちゃんと断ったやん」


 葉月がそう言うと、ひとり黙々とハンバーグを食べていた伊藤くんが勢いよく箸を置いた。


「ちゃんと?あれが?!」

「断ったやんか!『今日は用事あるんで無理ですわ』って!」

「『今日は無理』じゃなくて、『同棲してる彼氏がいるから何度誘われても絶対に行かない』って断ればいいだろ!」

「そんなん言うたら角が立つし、余計な詮索されるやんか!」


 またヒートアップし始めた二人をなんとかなだめなければと私がオロオロしていると、瀧内くんが両手を横に伸ばして、葉月と伊藤くんの顔を押さえた。


「うるさい、二人ともちょっと黙ってろ」


 いつもは歳下らしく敬語で話す瀧内くんが、命令口調で歳上の先輩たちを一蹴するとは!

 なんとも珍しい光景に目が点になった。いとこの潤さんでさえ驚いて、目を丸くしている。

 瀧内くんにピシャリと一喝された葉月と伊藤くんは、ばつが悪そうな表情で口をつぐんだ。


「それが喧嘩の原因か?」


 潤さんが尋ねると、瀧内くんは首を軽く横に振った。


「それだけじゃなくて……。今日の昼過ぎに、志岐くんが今日の午後から行くはずだったスマイル食品の女性担当者が、ちょうど会社の近くに来てたからって言って訪ねて来たんですよ。それでしばらく仕事のことを話して、別れ際にあちらの会社のサンプルをもらったんですけど、中身はカレーとかシチューのルーとか、具材を炒めて絡めるだけの料理の素みたいなのとか、料理しない独身男性は絶対に使わないような調味料とか……。あと、連絡先付きの手書きのメッセージカードが入ってたんです」


 瀧内くんの話を聞いているうちに葉月の眉間のシワがどんどん深くなり、苛立ちが我慢できなくなったのか、両手でテーブルをバン!と叩きつけた。


「『いつも親切にしてくださってありがとうございます。お近づきの印に、ぜひ私の手料理をごちそうさせていただきたいので、いつでもご連絡くださいね。待ってます♡』やって!『お近づきの印に』ってなんやねん!お近づきの印にどんだけ近付くつもりや!」


 葉月がカードに書かれていたメッセージを、おそらくその女性のものであろう声色と口調を真似て再現すると、今度は伊藤くんが拳をテーブルに叩きつける。


「だから!あれは向こうが勝手にやったことだろ!だいたい特別親切にした覚えもねぇし、業務上の付き合いしかしてねぇよ!俺はこの先も近付くつもりなんかないって言ってんじゃん!」

「せやったらあの女にハッキリそう言えばええやろ!鼻の下伸ばしとったくせに!自分こそ同棲してる彼女がいてるて言わんのか!」


 再びヒートアップしてしまった二人の顔を、またしても瀧内くんが両手を横に伸ばして押さえつける。


「ギャーギャーうるさい!黙ってろって言っただろ!」


 瀧内くんが怒るのも無理はない。二人とも、自分の存在を隠して、相手にいい顔をしている婚約者を見るのが面白くないだけなのだから。

 結局、葉月も伊藤くんも、お互いに好きで好きでしょうがないって言うことだ。


「そんなに他人にとられたくないなら、この人と付き合ってるって公言すればいいじゃん。どうせもうすぐ結婚するんだし」


 瀧内くんの一言に、葉月と伊藤くんは顔を見合わせる。


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