覚悟を決めろ!④

「潤さん、大丈夫ですか?」

「あんまり大丈夫じゃないな……」


 三島課長はうなだれたまま弱々しい声で答えた。


「あんな状態で無理して飲むから」

「そうなんだけどな……飲まなきゃやってられないときもあるだろ?」


 あんな状態ってなんのことだろう?それに飲まなきゃやってられないほどのいやなことでもあったんだろうか?


「それにしても……潤さん、いつの間に彼女ができたんです?教えてくれないなんて水くさいですよ」


 瀧内くんが尋ねると、三島課長はおもむろに顔をあげた。


「彼女……?いるわけないだろ。そんなことおまえが一番よくわかってるじゃないか」

「そうなんですか?おかしいな。元カノとより戻したんでしょ?」

「なんの話だ?それに元カノって……」


 三島課長は本当に身に覚えがないようで、しきりに首をかしげている。


「僕が知ってる限りでは、ひとりしかいないでしょう。別れた後も潤さんはずっと元カノのことが好きだったから、離婚して戻ってきた元カノとよりを戻して、いずれ結婚するって聞いてますよ」


 瀧内くんの言葉を聞いて、三島課長は「ああ……」と小さく呟いたあと、またうなだれた。


「それはいまさらあり得ないよ。未練なんか欠片ほどもないし、むしろ仕事上仕方ないとは言え、毎日顔を合わせるだけで苦痛なのに……。それにしても誰がそんなことを……」


 あれ……?三島課長の言っていることが本当だとすれば……下坂課長補佐が言っていたことは嘘だった……?

 下坂課長補佐が私にだけあんな嘘をついたのだとすると……もしかして私、三島課長に近付かないように牽制されてた?!

 水の入ったグラスを持ったまま、暖簾の下に突っ立って考え込んでいると、瀧内くんが手招きをして私を呼んだ。


「志織さんも外の風に当たりに来たんですか?」


 三島課長は瀧内くんの言葉に相当驚いた様子で、慌てて後ろを振り返った。瀧内くんは話を合わせろと言いたげに目配せをする。


「え……?うん、まぁ、そんなところ」

「潤さん、こういう席でお酒を飲むのは苦手なのに無理して悪酔いしちゃって……。あっ、ちょうどいいところにお水持ってますね。潤さんにあげてください」

「ああ、うん……。どうぞ、三島課長」


 私が水の入ったグラスを差し出すと、三島課長はゆっくりとそれを受け取る。


「ありがとう……」


 三島課長は水を飲みながら、私の方をチラッと見た。本当に顔色が悪い。


「三島課長、もう無理せず帰った方がいいんじゃ……」


 本気で心配してそう言うと、三島課長は首を軽く横に振った。


「いや……。立場上、さすがに歓迎会の途中で抜けるのはな……。少し休めば大丈夫だから」


 三島課長はそう言ってまた水を飲む。


「生産管理課と合流しての二次会もありますからね、残りたいなら無理してバカみたいに飲まないでくださいよ」


 瀧内くんに釘を刺され、三島課長は苦笑いを浮かべながらうなずいた。


「ところで潤さん、ひとつ提案があるんですけど」


 瀧内くんは三島課長の右隣に座り、私にも三島課長の左隣に座るように促した。久しぶりにすぐそばに三島課長の体温を感じて、鼓動が少し速くなる。


「じつはね、潤さん。さっきの話、僕は志織さんから聞いたんです」

「えっ?!」


 三島課長は瀧内くんの言葉に驚き、勢いよく私の方に顔を向けた。至近距離で目が合って焦ってしまい、お互いに慌てて顔をそむける。


「志織さんは誰から聞いたんですか?」

「……下坂課長補佐」

「後輩として……なんでしたっけ?」

「『かわいい後輩の佐野さんと二人で食事するくらいは許すつもりだけど……それ以上の関係になるのはちょっと……ねぇ?』と、言われました」


 頭にこびりついて離れない下坂課長の言葉を、一言一句逃さずに伝えると、三島課長は眉間にシワを寄せて膝の上で両方の拳をギュッと握りしめた。


「なんだそれ……」


 瀧内くんは三島課長の怒りに震える肩を軽く叩き、右の口角をあげてニヤッと笑う。


「そういうことを潤さんの見てないところで平気でする女なんだよ、あいつは。いくら仕事上の立場があっても許せることじゃないよね?」

「ああ……」

「だったらここからが本題だけど……あの女に赤っ恥かかせてやりたいと思わない?」

「赤っ恥……?」


 私と三島課長が首をかしげると、瀧内くんは手招きして耳を貸せと促す。


「婚約者作戦、もう一度やってみませんか?」



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