片想い 勇み足で 空回り①
日曜日の朝、スマホのアラームで目が覚めた。
昨日は一日中、三島課長とあの人が寄り添っている姿が頭から離れなかった。
考えてもどうしようもないのに、これからあの二人はどうなるんだろうとか、三島課長があの人と付き合うことになったら私はもう用済みになるんだなどと考えて、余計に落ち込んでしまった。
今日はバレーサークルの練習日だけれど、あまり気が進まない。練習に行きたくないわけでも、もちろん三島課長と会いたくないわけでもなく、ただこの状態で顔を合わせるのは正直言って気が重い。
何か適当な理由をつけて休もうかとも思ったけれど、こんな理由で休むのは大人げないような気もするし、なんだかんだ言ってもやっぱり三島課長に会いたいので、いつも通り練習に参加することにした。
練習には参加するけれど、できるだけ三島課長と二人きりになるのは避けたい。だけど迎えに来てもらう順番は私が一番最初だから、瀧内くんを迎えに行くまでは有無を言わさず三島課長と二人きりになってしまう。
顔を合わせづらいのに会いたいとか、会いたいのに二人きりになるのは避けたいなんて、矛盾しているにもほどがある。それもこれも、好きになってもどうしようもない三島課長を好きになってしまったことを、三島課長本人に知られたくないからだ。
本当はずっと終わりが来なければいいと思うけれど、偽婚約者の話はもうおしまいにしようといつ言われてもいいように、心積りだけはしておこう。
私のそんな心配をよそに、迎えに来た三島課長は至っていつも通りだった。
車に乗ってシートベルトをしめようとすると、うっかり強く引きすぎてロックが掛かってしまう。
「あれ?」
「どうした?」
「シートベルトが……」
しめ直そうと焦ってまた同じことをくりかえしモタモタしていると、三島課長は助手席の方に身を乗り出してシートベルトをしめてくれた。
私の顔のすぐ目の前に三島課長の横顔があって、私は鼓動が速くなっているのを気付かれないように、息を殺して三島課長が離れるのを待つ。
「よし、これで大丈夫」
「……すみません」
「……ん?ちょっと待って」
やっと息ができると思ったのに、三島課長は私の顔をすぐ間近でじっと見ている。
目が合った瞬間、デートの帰り際にキスしそうになったことをまた思い出してしまい、慌てて目をそらした。
「な……なんですか?」
私がうろたえながら上ずる声で尋ねると、三島課長は私の頬に右手を伸ばした。
「志織、ちょっと目を閉じて」
「えぇっ……なんで……」
午前中のこんな明るいうちから私に目を閉じさせてどうするつもりだとか、今度こそ未遂じゃ済まなくなるかも知れないなどと考えてさらに焦り、気持ちは後ずさるけれど、私の体はシートベルトでしっかり固定されている。
「いいから目を閉じて」
また目を閉じるように促され、もうどうにでもなれと心臓をバクバクさせながらギュッと目を閉じると、三島課長の指先が私の左目のすぐ下の辺りにそっと触れた。
「はい、取れた。もういいよ」
……ん?取れたって何が?
肩透かしを食わされた気分で目を開くと、三島課長はすでに前を向いてハンドルを握っていた。
三島課長はなにごともなかったかのようにゆっくりと車を発進させる。
「あの……何かついてました?」
「ああ、うん。まつ毛がついてた」
「あ……なんだ、まつ毛……」
自分でそう言っておきながら、そんなことを言うと期待を裏切られたと言っているみたいだと気付き、恥ずかしさで顔から火が出そうになる。
「口で説明するより、俺が取った方が早いかと思ったんだけど……」
「そ……そうですね……ありがとうございます……」
やっぱり私は欲求不満でおかしくなってしまったのか?
三島課長にほんの少し触れられただけで身体中が熱くなって、キスされるのかもとバカみたいにドキドキしていた自分が本当に恥ずかしい。
三島課長は私のことをごく自然に『志織』と呼んで平気で私に触れるけれど、私が好きになってしまったことがバレたら、やっぱり過呼吸を起こしてしまうんだろうか?
……もしバレたら、三島課長との関係は、偽婚約者としても同僚としても即終了だ。
昨日一日考えて私がたどり着いた結論は、『好きなものはどうしようもない』と、『偽物でもいいから一日でも長く三島課長のそばにいたい』だった。
三島課長には好きな人がいることはわかっているけれど、『だったら別の人を見つけよう』とは思えなかった。だからなんとしても、私の気持ちを知られるわけにはいかない。
いつか三島課長の口から『偽婚約者はもう要らない』と言われる日が来るまでは。
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