収穫祭⑥
「志織が結婚してくれるなら、他の女は全部切るから許してくれよ、な?」
「……バカじゃないの?そんなこと言われたって、私は護と結婚する気なんてないし、元カノの旦那さんに払う慰謝料の肩代わりなんか、絶対にしないからね。自分で蒔いた種なんだから、それくらい自分でなんとかすれば?それから山村さんのこともちゃんと責任取りなさいよ。二度と私に近付かないで」
護の手を払いのけて戻ろうとすると、いつの間にか通路の先に奥田さんが立ち尽くしていた。
肩を震わせ、大きく目を見開いて、その目には涙を浮かべている。
「あっ……奥田さん……どうしたの?気分でも悪い?」
護がどんな風に自分のことを思っていたのかを聞いてしまったのだと予想はついたけど、一応白々しく尋ねてみると、奥田さんはうつむいたままでこちらに近付いて来た。
「佐野主任と橋口さんがなかなか戻って来ないから、気になって来てみたんですけど……」
「もしかして今の話、聞いてた?」
奥田さんは両手をぐっと握りしめて深くうなずいた。
「そっか、だますつもりはなかったんだけど……私、あなたたちがそういう関係だってずっと前から知ってたんだ。……偶然だけど現場を見ちゃったから。でもさっきのが本音みたいだから、奥田さんもこんな男はさっさとやめた方がいいよ。私はもう別の人がいるから関係ないけどね」
私は護と奥田さんをその場に残して座敷に戻り、先ほどの一部始終をかいつまんでみんなに報告した。
「よっしゃ!ようやったな、志織!」
「うん、スッキリした!」
私と葉月が手を取り合って喜んでいると、瀧内くんがジョッキに残っていたビールを一気に飲み干し、ニヤリと笑った。
「まだですよ。仕上げはこれからです」
瀧内くんは葉月に、二人を座敷に呼び戻してくれと頼んだ。
一体何を企んでいるのか?瀧内くんの行動はまったく予測できないだけに、これ以上どんな切り札を持っているのかと背筋が寒くなる。
「俺、よりが戻ってすぐに葉月にプロポーズしといて良かったよ……」
伊藤くんがネクタイをゆるめながら呟いた。
「えっ、そうなの?葉月の返事は?」
「そりゃもちろん……。両方の親からも承諾済みだし、来年辺り結婚するつもり」
「そうなんだ、良かったね!」
このタイミングで伊藤くんがなぜこんなことを言い出したのかと思ったけれど、それよりも大好きな葉月と伊藤くんが結婚することに対しての喜びの方が大きくて、あまり深くは考えなかった。
葉月に連れられて、ふてくされた護と涙目の奥田さんが戻ってくると、瀧内くんは新たに注文したビールを飲みながら、二人を交互に見た。
「おい、おまえいつの間に橋口先輩と付き合ってたんだ?」
一瞬誰に向かって言っているのかと思ったけれど、瀧内くんは冷ややかな目で奥田さんを見ている。
確か瀧内くんは奥田さんのことを『生理的に受け付けない』と言っていたけれど、『おまえ』と呼ぶほど親密な関係なんだろうか?
「……付き合ってはいないけど……」
奥田さんが仏頂面で答えると、瀧内くんは冷ややかな笑みを浮かべて護の方を見た。
「あれ?確か噂では、橋口先輩は会長の孫娘と付き合ってるんでしたよね?」
護は何も答えず瀧内くんから目をそらす。
「あれだけ会社でイチャイチャしてたんだから、この女と付き合ってるんでしょ?それとも橋口先輩は、会長の孫をいいように弄んでたんですか?」
「えっ?!」
瀧内くんの言葉に驚いて、私と葉月は大声を上げた。
「そいつは正妻の子じゃないんですけどね、僕の実の父の愛人が産んだ子なので、会長の孫ということになります」
まったくの想定外のカミングアウトに度肝を抜かれ、私と葉月は瀧内くんと奥田さんを交互に指さして、口をパクパクさせてしまう。護に至っては顔面蒼白だ。
そりゃそうだろう、ついさっき奥田さんのことを、本人の目の前であんな風に言ったところなのだから。
「あれ……?ということは、瀧内くんって……」
「僕ですか?僕は会長の長男の息子ですよ。会長の佐野伊織は、僕の祖母です」
「えーっ?!」
瀧内くんが会長の孫ということは、母親が瀧内くんの父親の姉だという伊藤くんも三島課長も会長の孫?そして奥田さんが瀧内くんの腹違いの妹?
あまりに衝撃的な事実に驚きすぎて、もうわけがわからない。
葉月に至っては、婚約者が会長の孫だということが信じられないようで、ポカンと口を開けて伊藤くんを指さしている。
伊藤くんは「ほらな、こういう反応になるだろう」と苦笑いを浮かべた。
なるほど、伊藤くんが会長の孫という立場を隠した上でプロポーズしたのは、葉月に色眼鏡で見てほしくなかったからなんだと思う。
葉月は『会長の孫』という素性は関係なく、伊藤くんのことが好きだから結婚したいと思ったと、そういうことだ。
「ちなみに佐野主任はただ名前がにているだけで、会長との血縁関係はありません。そうですよね、佐野主任」
「う……うん……私に会長の血は一滴も入ってない……」
私がそう答えると、瀧内くんは楽しそうに笑った。
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