乗り換えますか?⑤
「帰りは別々だったの?」
「ん?新幹線降りるとこまでは一緒だったけど?」
護はまた私に嘘をついているんだと思うと、悔しいのか悲しいのか腹が立つのかよくわからない感情が込み上げてきて、身体中が震えそうになるのを必死でこらえた。
「そういやあいつ京都の駅ビルで、京友禅のハンカチとか抹茶ケーキとか、やたら女の子が喜びそうなお土産をいっぱい買ってたな。料理の上手な自慢の彼女にでもあげるのかなー?それにしては量が多かったけどなー」
これ以上何も聞きたくないし、護のことはもう考えたくない。
護にはもう二度と期待なんかしない。
気を抜くと涙がこぼれ落ちそうだから、精一杯の気力を振り絞っていつも通りに振る舞う。
「そっか……。じゃあ、伊藤くんも大丈夫そうだし、私は電車で帰るね。タクシー乗り場はそこをまっすぐ行ったところだから、気をつけて帰って。また会社でね」
情けない顔を見られたくなくて、軽く手を振り急いで背を向ける。
駅に向かって歩いていると、伊藤くんが大きな声で私を呼び止めた。あんまり大きな声だったのでビックリして振り返ると、周りの人たちが私と伊藤くんを交互にチラ見した。
恥ずかしい……。迂闊に振り返るんじゃなかった……。
「佐野!橋口と別れる決心がついたら、いつでも俺んとこ来いよ」
伊藤くんは大声でそう言って、大きく手を振った。
「…………え?!」
大声で呼び止められるよりも恥ずかしいことを、最終電車を逃すまいと大勢の人が行き交う往来で言われたのに、伊藤くんのその一言で私の頭の中は真っ白になり、やがてたくさんの疑問符が飛び交った。
護と付き合っていることも、別れるかどうしようか迷っていることも、葉月と瀧内くん以外には話していないはずなのに、なぜ伊藤くんが知っているんだろう?
その理由を問い詰めるため、伊藤くんのいる場所へ戻ろうとした。しかし伊藤くんは何を勘違いしたのか、私に向かって笑って手を振る。そしてその手でちょうど目の前を通り掛かったタクシーを止めた。
「タイミング悪っ……!」
私は伊藤くんを乗せて走り去るタクシーを見送り、ガックリと肩を落とした。
何がなんだかわけがわからないけれど、来週会社で伊藤くんをつかまえて問いただすしかなさそうだ。
ため息をつきながら駅まで歩き、時計を見上げる。そして次に時刻表を見て、もう一度時計を見たり自分のスマホの時計を見たりして時間を確かめた。
「もう……ホント最悪……」
伊藤くんに振り回された結果、大幅なタイムロスをしてしまい、この駅で乗り換えるはずの最終電車を逃してしまった。しばし呆然と立ち尽くした後、大きなため息をつきながらタクシー乗り場に向かって歩き出す。
こんなことなら伊藤くんを送って泊めてもらえば良かったかな。
本当にそうしていたとしても、ただ余ってる部屋を借りて朝まで眠るだけのつもりだけど、それだけで済む保証なんてどこにもない。
大人の男女がお酒に酔った勢いで一夜を共にして体の関係を持つなんて、世間ではよくあることだろう。だけどもし私と伊藤くんの間に何かが起こったとしても、護だって私に嘘をついて浮気しているんだし、文句は言えないと思う。
護はきっと最初から、土曜の夜には出張から帰れることがわかっていたくせに、『帰りは日曜の夜になる』と嘘をついたんだろう。そんなに私と会うより大事な用があるのか、それとも私にはもう会いたくないのか。
今この状態で言えることは、離れてしまった心と過ぎた時間は戻らないということ。そして、なくした信用は二度と取り戻せないということだ。
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