目撃証言③

 それはさておき、伊藤くんがそんな発言を頻繁にするようになってから、それまではあまり彼女のことを話したりしなかった護が、急にのろけ話をしたり結婚したいとか言うようになったそうだ。


「でもあいつが異動して来たの2か月前やで?その頃には橋口はもう浮気してたんやろ?」

「それはそれなんでしょうね。不倫してても離婚する気はないって人、よくいるじゃないですか。言うなれば橋口先輩はその予備軍的な……」

「不倫予備軍……」


 あまりの情けなさにそう呟いて大きなため息をつくと、葉月は私の気持ちを察したのか、瀧内くんの話の続きを遮るようにわざとらしく咳払いをした。ここまで聞いてしまったのだから今さらという気もするけれど、葉月なりに気づかってくれているらしい。

 現実ではそんな身勝手な人は私のまわりにはいないと思っていたけれど、実際は私が知らなかっただけで、自分の彼氏がそうだったなんて本当に情けない。


「ところで佐野主任、最近橋口先輩と会ってますか?」

「いや……ここ1か月ほどはあまり会ってないけど……」

「でしょうね。今度は奥田さんを独占したいんだと思いますよ」


 私と結婚したいとか言っておきながら、なぜそこで突然セフレの奥田さんを独占したくなるの?

 瀧内くんの言葉の意味がよくわからなくて、思い切り首をかしげてしまった。


「どういうこと?」

「僕、その頃から何度も橋口先輩の見てる前で、彼女に食事に誘われてますから」

「えっ、そうなの?!」


 まさかここで瀧内くんに繋がるとは!

 あまりにも意外すぎて思いのほか大きな声をあげてしまったけれど、店内はとても混んでいるので私の声はうまい具合にその賑わいにかき消された。

 それにしても護と瀧内くんではずいぶんタイプが違うのに、奥田さんはもしかして好みの範囲が広いんだろうか。それともよほど自分に自信があるのか、はたまたただの面食いなのか?


「今は部署も違うのに……奥田さんと個人的な付き合いでもあるの?」

「ありませんよ。給湯室に社員証が落ちてたから、仕方なく商品管理部に届けただけです。それから『お礼にお食事でも』って、お礼なんか要らないって断ってるのにしつこくて」


 おそらく瀧内くんは奥田さん本人に直接手渡したのではなく、そのとき商品管理部のオフィスにいた誰かに仏頂面で託けたのだろう。それを受け取った奥田さんが、瀧内くんは自分に好意を持っていると勘違いしたのかもしれない。

 なんとなく想像がついて、瀧内くんと奥田さんの激しい温度差に思わず笑いそうになったけれど、今は笑っている場合ではない。


「それにしてもさ、私が言うのもなんだけど……何も護の見てる前で瀧内くんに迫らなくてもよくない?彼氏じゃなくても一応そういう関係なんだから、普通は気にするよね?」

「気にする人は最初から彼女がいる男と付き合ったりしませんよ。自分になびかない男なんていないとでも思ってるんでしょう」


 瀧内くんのこの言葉には、妙に納得してしまった。

 なるほど、それもそうだ。

 奥田さんは何度断られても、しかも護の見ている前でグイグイ瀧内くんに迫れるくらい図太い神経の持ち主なんだろう。もし護の彼女が上司の私だとわかっても、まったく気にしないのかもしれない。


「でも最近は橋口先輩が自分にのめり込んできて、おまけに彼氏面までして物足りないから、わざとらしく僕に声をかけるんじゃないですか?自分のものになると興味がなくなる人っているでしょう」

「ヤキモチ妬かせたいとかじゃなくて?」

「略奪が趣味とか、付き合っている男が常に複数いるとか、奥田さんが仲良くしてる女子たちが社員食堂で噂してました」

「えーっ……」


 驚く私たちとは対照的に、瀧内くんはしれっとしてビールを飲んでいる。


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