第55話 人か魔か?
「……ライレンの足止めをお願い」
首横のリボンシュシュを指で弾き、コウちゃんと武市さんに視線を送る。
二人ともすぐ頷いて同意してくれた。
「あの子を……助けるんですね?」
「はい。私がありかちゃんに触れている間だけでいいですから。コウちゃんは武市さんのフォローを。無理はしないで」
「任せろ」
「気を使わなくて大丈夫。どのみちゴミ掃除が早まっただけっスからねぇ……もともと
武市さんが大股で悠然と間合いを詰めていく。
その横をすり抜けるようにしてありかちゃんに走り寄る。当然そこは、薄緑の刃が届く間合いでもあった。ライレンが動き始める一瞬の溜めの間に、武市さんが踏み出して身体を寄せていた。
金属音が鳴り響くと、緑の刀身と交差するように折りたたみ式の警棒が鍔迫り合いの形をとる。
「……」
「足止めで死なないでくださいよ?」
刃の腹をすべらせるように受け流し、姿勢を崩されたライレンの首すじに警棒を振り抜く。衝撃を受けて派手に転がり、庭園の小石を飛び散らせた。
……予想より武市さんが強すぎるな。
ライレンに歯が立たないくらい差があっても困ったから、思わぬ誤算だ。あの体勢のまましばらく膠着してればそれでも良かったんだけど。
これから私の使う時間からすれば充分。
武市さんから叫びに近い、驚愕の声があがった。
「こいつ、ケガしてる……! 腕や肩、胸の骨とか砕けてて……激痛があるはずなのにどうして、何でもないって顔ができる!? 死にかけてんだぞッ!」
あはは。やっぱりね。
重傷と知ってなお、強烈な一撃を喰らわせられる武市さんはすごい。
さっき腕の傷を見て思った。源十郎と戦った時の怪我を治してないって。ありかちゃんの為に温存してたんだろ? 今も、都合のいい奇跡が起きることを心のどこかで期待しているんだ。それとも一緒に死ぬつもりなのかな? だったら私が次に何をやろうとしてるかもお見通しか。
ありかちゃんに絡みついている緑のツタを左右の爪で断ち切る。
法眼の力がかなり大げさに込められている。道理でありかちゃんに何度も命令を送ってるのに弾かれたワケだ。でも、もう障害は消えた。私がこうするって読まれていても防ぎようがない。
……最初から私がやっておくべきだったんだ。
あの時ライレンの意思を踏みにじってでも、大願を終わらせるべきだった。
「私を見ろ」
「くっ……ぐぅ?」
ありかちゃんの腕を掴み、じわじわと炯眼の力を強めていく。
今の彼女にも有効な命令はある。どんな生き物でも、赤ちゃんにだって効く。ただ動きを止めるだけ。身体すべてに……いや、細胞の活動を停止させる。
なにも爪で引き裂いたり、首を絞めたりする必要はない。
支配者が這い出ようとする門さえ閉じれば、私たちの勝ちなんだ。私たちががんばって繋いで来たこの瞬間を――無意味なものにはさせない。
「死ね。天内ありか」
҉ ҉
「きゅ、ううぅ!?」
身体をじたばたさせ本能的に抵抗しているが、抑えている両手首を外すにはまるで足りない。彼女は両目を失っている。ただ炯眼を直接見ることはできなくても、精神に侵入させる穴はどこにでもある。看護婦さんが注射針を打ち込む血管を探すより簡単に見つけられる。たったそれだけの時間さえあればいい。
そしていま彼女と精神は繋がった。
魔眼の呪いは電気信号に近いスピードで伝達し、身体中すみずみまで行き届く。脳にも心臓にも、手足の指先まで。
ふいに彼女の人さし指が視界に入る。
小さな鳥とたれ耳の犬。キャラクターものの絆創膏が貼ってある。シロと引き合わせた時、ありかちゃんが転んで……すり傷を手当てしてから一緒にカフェで飲んでいたあの場面を思い出す。お互いに人と目も合わせられず下を向いて歩いていた息苦しさと、心の傷に触れて共感できたうれしさが身体中をかけ巡った。
「ありかちゃん」
「……」
がくり、と掴んでいた白い手首の力が抜けた。手を離せばさっきと同じように石組によりかかるだろう。でも、その手を離すことは出来なかった。
炯眼の赤い糸に私の感情が伝わっていく。
彼女の魂は何の反応も示さない。ただ虚しさを残響させ、胸の中で鳴らすだけだった。
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