第13話夜道で赤ちゃんの泣き声

高校生の話である。当時は陸上部をやっていた事や時間もあったので、夜はランニングして気分転換をすることが多かった。実家から高校までは片道10キロあり、調子の良い時は全て走って往復していた。面倒くさくなる時もあって、そん時は19キロも歩いていたりした。結構気ままに、時々は友達と集まって走っていた。このコースが一番のお気に入りであるが、自分の住んでいる地区を大きく回るコース、10キロに切り替えていた。季節は6~7月で、地区では蛍が多く見られるからだ。田んぼ道を蛍に包まれながら走るのはとても心地の良い気持ちになる。


そんなある日、高校でとある噂話が広まっていた。夜に高校の近くにある林から、赤ちゃんの泣き声が聞こえるそうだ。怖いーって皆で話していたけど誰もが信じておらず、ヤンチャしている人達なんか心霊スポットに行ったりするけれど、その場所に元々変な噂は無いし、獣かなんかでしょ?で片付けられてしまった。そして、何時も通り授業を終えて部活をして家に着いた。今じゃ考えられないけれど、体力がとにかくあったから走る事にした。


普段だったら蛍が沢山飛んでいる筈なのに、一匹も姿を見せなかった。こんな日もあるんだなぁ、寂しいけどなんか不気味と感じた。蛍が居ないなら、久しぶりに高校まで走って来ようと決めた。


高校の門まで着いた時に街灯の下に誰かが立っていた。(ええ…うちの生徒かな、変な人じゃなければ良いけど…)と警戒しながら走っていると、別の高校に通っている同級生のA君だった。「お!久しぶりだね、あっすぅ~!」「久しぶり~!走りに来たの?」どうやらA君も、気分転換に走る事を習慣にしていたみたいで今日はほんと気まぐれでこっちまで来ていたらしい。


A君とは元々、そこまで親しいわけではなく、部活もクラスもとことん違ったので接点は少なくなった。中学まで一緒とはいえ、私は少し人見知りをしていた。A君はそれを察していたみたいで「まぁ、接点意外と無かったもんな~」と、軽い感じで返してくれた事で緊張を解いてくれた。


高校生活はどうか?他の皆と会っている?小中学校の時の出来事についてどう思ってたか歩きながら話していた。「でさぁ~その時、Bがぁ…」となった時に、(おぎゃああああ…おぎゃあああああ…)と赤ちゃんの泣き声が聞こえた。「え…?」二人ともその場で立ち止まった。(おぎゃああああ…おぎゃあああああ…)やっぱり赤ちゃんの声が聞こえた。そう言えばとクラスメイトが話している噂をA君に話した。「いやお前…これ、獣の鳴き声にするには無理のある声じゃない?」となった。


幽霊だよ!逃げよう!って話にもなった。だけどあまりにも赤ちゃん過ぎる声なので、勇気を持って向かう事にした。噂通り、高校の近くの林の中から声が聞こえた。林の前に来ると赤ちゃんの声は大きくなった。これは確実に人間の赤ちゃんの声だ…獣の声じゃないと確信。普通の状況じゃないので、A君がそこら辺から武器になりそうな木の棒を拾った。私とA君は暗い林の中に入り込んだ。暗いと草のせいで足場が不安定でなかなか前に進めなかった。後ろには道路があって車の走る明かりがあるけど遠退いて行くし怖かった。


そして、私達は赤ちゃんの泣き声がする場所まで辿り着いた。赤ちゃんはそこにはおらず、大きなラジカセから再生されてる声だった。「え?…ラジカセ?」と状況を理解出来ずに二人で固まっていた。


普通じゃない、普通じゃない、マズイマズイマズイマズイ!


脂汗が一気に体から溢れだした。その瞬間、更に暗い林の向こうからガサガサガサガサと草木を掻き分けてこちらに汚い女性(年齢不詳)がやって来た。「ああああ…あああ…ああ!」と汚い声をあげ迫る。私は腰をすっかり抜かしてしまい、動けなくなった。するとA君が手に持っていた木の棒で勢い良く女を叩いた。女性が藻掻いている間に私も動けるようになり林から逃げた。そしてそのまま、全力疾走でA君の家まで来た。


結局、あれの女性が何をしたかったのかは分からない。ただ確実なのは、殴れた事から生身の人間である事は確かだ。この話を当時話しても誰にも信じて貰えないので、今では私とA君だけの秘密にしている。


その日からも懲りずに高校までランニングをし、その道も緊張しながら通ったけど赤ちゃんの泣き声はしなくなった。今思うことは、あの日にA君が居てくれて本当に良かった。

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