クリスマス5 あの音が、はじまりの音

 互いに互いのプレゼントを手に持って、そう遠くはないバス停に到着すると、数秒も待たないうちにバスが来た。


「じゃあ」

 バスの自動扉が開き、ステップに足をかけると、蘇芳すおう先輩が手を上げる。


「また明日」

 私も応え、バスに乗り込んだ。背後で扉が閉まる空気音が聞こえ、「発車します」と運転手さんが低く言う。


 バスの吊り皮につかまり、私はバス停を見る。

 蘇芳先輩が軽く手を振っていた。


 私も手を振りかえすと、バスはゆっくりと他の車に合流しながら車線に入っていく。


 吊り皮に捉まりながら、バスに揺られ、窓を流れる風景を見ていたら、高校に向かって並んで歩く椿つばき先輩と桜宮さくみや先輩の姿が見えた。


 その姿は、私の前で見せるよりも随分と親密そうだ。

 笑っている桜宮先輩の顔を見ながら、バスは二人を追い越して行く。


 最近、桜宮先輩が同級生の女子たちとクラスで談笑している姿をよく見かける。


 椿先輩に言わせると、きっかけは私だったのだそうだ。

 毎日楽しそうに部活に行き、放課後、桜宮先輩にくっついてきゃあきゃあ騒いでいる姿を他の女子が見て、「……あれ?」と思ったらしい。


 噂は、あくまで噂なのだ、と気づき始めたようだ。

 おまけに私が蘇芳先輩とどうやら付き合っているらしい、という情報まで流れたら、「なぁんだ。桜宮があの二人を独り占めしているわけじゃないんだ」と、苦笑を生んだ。


 桜宮先輩は今、なんとなくクラスに溶け込み始めているのだそうだ。

 椿先輩は、安心したようにそう言った後、『僕も蘇芳に負けてられないからねぇ』と私に笑った。


 バスに揺られながら、ふと自分の左手を見る。


 まめが並ぶ、左手。

 そこにはまだ、さっきお相手から小手を取った時の感覚が残っている。


 ぱくり。

 あの音。

 一本を決めたときのあの音。


 思えば、初めて竹刀を振った時、あの音がしたのだ。

 桜宮先輩に教えてもらって、蘇芳先輩に面を打たせてもらって。


 ぱくり、と。

 始まりの音が、鳴った。 


 その音が、いろんなものを私に見せてくれた。いろんなものを取り戻してくれた。


 私が偶然出会って入部した剣道部だけど。

 私は、これからも、いろんなものを手に入れそうな予感がした。






(完)

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始まりの、音 武州青嵐(さくら青嵐) @h94095

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