終章 冬休み

クリスマス1 ありがとうございます

◇◇◇◇


 駅を出ると、二車線の道を挟んで見えるコンビニの入り口には、大きなツリーが飾ってあった。


 お客さんが出入りして自動扉が開くたびに、クリスマスソングが聞こえ、「ありがとうございました」という店員さんは頭にサンタの帽子を被っている。


「今日は桃ちゃん、おめでとう」


 ぼんやりと眺めていたら、桜宮さくみや先輩が私に抱きついてきた。

 リュックタイプの防具袋に竹刀袋を腕にかけていた私は、その重みにふらつく。慌てて手を伸ばして支えてくれたのは、蘇芳すおう先輩だった。


「ありがとうございます」


 苦笑した私の呼気は、白く煙る。

 夕方と呼ぶには少し遅い時間になってくると、流石に寒くなってきた。首元に腕を回して私の頭を引き寄せている桜宮先輩が、とっても温かい。


「勝てたのは一回だけですけど」


 私はもごもごと口の中で言葉をつぶす。


 剣道を始めて8か月。

 隣の市の有名な剣道場が主催する『剣道優勝大会』に、今日朝早くから、参加したのだけど、初めて、お相手から小手を取って勝ったのだ。


 お相手の籠手こての筒に、竹刀の打突部位が当たる、ぱくり、という音と手ごたえは今でも掌の真ん中に残っている。面金めんがね越しに見た、旗が一斉に三本上がる瞬間を思い出すと、今でも胸の奥がぎゅう、っと締め付けられるようだ。


「いやぁ、でも、めでたいよ」


 椿つばき先輩はマフラーに顎まで埋めながら、眼を細めて私を見ている。私はなんとも照れくさい。


 だって、私が勝ったのは1回戦のみで、先輩たちの戦績には足元にも及ばない。

 桜宮先輩は2位だし、蘇芳先輩は準決勝まで進出。椿先輩は、準々決勝敗退だ。


「タブレットに録画したから、また明日、部活の時に見ようね」

 桜宮先輩はようやく私から離れ、そう言う。白のネックウォーマーがなんとも可愛らしくて良く似合っている。


「……それを見る勇気はまだありません」

 私は急に痛くなる胃を制服の上から抑えながら桜宮先輩に伝えるけれど、にっこり笑って言いきった。


「見ないと、自分の欠点が判らないから上手くならないよ」


 ……ってことは、勝ったけど欠点だらけってことよね……。

 なんだかがっくりとうなだれていると、椿先輩がくつくつと笑う。


「そのビデオ反省会、僕も参加したいけど……。5日ほど親の実家に帰省するから、今度部活に行けるのは年明けなんだよね」


 椿先輩の言葉に、「ああ、もうそんな時期か」と蘇芳先輩が言う。ということは毎年のことなのだろう。


 学校は昨日から冬休みに入っている。明日の土日を含めて5日ということは、なるほど、部活の稽古納めの日になってしまう。年内に会うのは難しいかも。


「ということで、恒例の僕からのクリスマスプレゼントです」

 椿先輩は、ボストンバックタイプの防具袋の外ポケットから、ラッピングした小さな袋を一人ずつ手渡していく。


「……ありがとうございます」

 ためらいがちに受け取ると、透明なラッピング袋に入っているそれは、ハンドクリームだった。名の売れた、無添加が売りの専門店の商品だ。


「もっと良いものは、そこのカレシにもらってね」

 椿先輩がからかうように蘇芳先輩を顎でしゃくるから、先輩は、むすっとしたまま睨み返している。私がその横で苦笑していると、桜宮先輩が興味津々に尋ねてきた。


「明日のイブと次の日のクリスマスは部活の後、どっか行くの?」

「特に」

 笑って首を横に振る。蘇芳先輩が不機嫌の塊のような声を出した。


「部活の後、白樫しらかし剣道場のクリスマス会の手伝いと、大掃除に行くから特に会わない」


 言った瞬間、桜宮先輩が「はぁ!?」と怒鳴り、椿先輩が、「そりゃ駄目だよ、蘇芳」と顔をしかめる。


「そんなことしてたらあっさり桃ちゃんにフラれるんだから! 自分の価値を過大評価してたら酷い目に遭うわよ。あんた、努力しないとダメなタイプなのよ?!」


「女の子はねぇ、ずーっと覚えてるよ。ずーっと言われるよ?」

 桜宮先輩と椿先輩が怒涛のように蘇芳先輩に言葉を浴びせる。蘇芳先輩はうんざりした表情のままそっぽを向いてしまった。


「なんか、年間予定が入ってたみたいで……」

 私はかばうように手を横に振って二人の先輩を交互に見た。


「私は私で、あおいと遊ぶ予定をいれてますから」


『まさか、カノジョができるなんて思ってもみなかったから』

 真っ赤になって蘇芳先輩が私にそう詫びたのは、一二月に入ってすぐだった。


『クリスマスとか、会えないんだけど』

 蘇芳先輩は意を決したようにそう告げた。


 なんでも、白樫剣道場の保護者会から、『クリスマス会でサンタになってほしい』と年間行事を組む段階から頼まれていたのだそうだ。


『全然、私は問題ないですよ』

 あっさり返答できたのは、なんとなく、夏の感じで予想がついたからだった。


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