お化け屋敷3 それはメイク……?

「お前、列整理係りだろ?」

 うんざりしたように葛葉くずはさんが言うけれど、蘇芳すおう先輩は顎で前をしゃくった。


「お客さぁん、混雑するんで出口に向かって進んでもらえますか」

「出てけよ、守護霊」


「痴漢で出入り禁止にしますよ」

 蘇芳先輩はそう言い、私の背中をぐいと前に押した。


「前向いて歩け」

 私はおずおずと頷くと、葛葉さんと蘇芳先輩に挟まれてとにかく道順どおりに進んだ。


 途中、血塗れの術着をきた男子生徒が通路に飛び出してきて、私は悲鳴を上げたけど、向こうも蘇芳先輩の姿を見て悲鳴を上げていた。


 上から霧シャワーを浴びせられたり、何度か足首を毛羽たきのようなもので触られて悲鳴を連発したものの、その間も背後では葛葉さんと蘇芳先輩が低い声で言い争いをしている。


 そのぼそぼそした低音の声が途中から念仏のようにも聞こえてきて、思わず振り返って怒鳴った。


「もう、やめてくださいっ」

 流石に、大声でそう言うと、ふたりはぴたりと口を閉じた。


「……あとちょっとで出口ですから」

 蘇芳先輩が、葛葉さんを突き放す。


「ちゃんと、宜しくお願いしますよ」

 足を止めたのは、蘇芳先輩だ。もう、ついてくる気はないらしい。葛葉さんは、ふん、と鼻を鳴らすと、私の肩を抱いて前に進む。


 出口は、すぐ目の前に見えた。

 教室の横開きの扉に黒い布をかけているのだろうけど、廊下からの光が漏れていた。


 肩を抱かれている事に不快感はあったものの、とにかく外に出たかった。

 外に出てから、いろいろ考えればいい。


 蘇芳先輩がいないことに、また急に不安になるけど、首を横に振って思考を停止する。

 私は、ぼんやりと出口を照らす明かりを見ながら、前に進む。


 とにかく、出口に。


 進みながら。

 ふと、思ったのだ。


 あれ……。

 音が、しない。


 お化け屋敷の入り口前で、聞こえたあの金属音。「がちゃあん」という音。

 執行部が点検した、とかいう仕掛け。


 あれは、結局なんだったのだ。

 そう訝しんだ時だ。


 出口まであと数歩、というところで、淡い光が翳った。

 葛葉さんも気付いたらしい。顔を右に向ける気配がある。私も顔を右に向けた。


 ぎょっとする。

 スチールロッカーが倒れ掛かってきた。


「わ!」

 互いに首を竦め、声を上げた時、「がちゃあん」と、あの金属音が響く。


 恐る恐る目を開くと、すぐ間近でスチールロッカーは傾いだままの姿で止まった。

 なるほど、スチールロッカーは紐でどこかに括り付けられ、斜めに傾くだけのようだ。派手な金属音は、スチールロッカーの中に入れた何かが、傾いた時に出す音のようだった。


 ほっとして、葛葉さんの顔を見上げた時。


「危ない! 離れて、お客さん!」

 スチールロッカーを押して倒していたらしい役の生徒が黒幕から顔を出す。


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。

 葛葉さんが私の隣から離れるのに気付き、私は顔を上げる。


 私の頭上三○センチのところで止まっていたスチールロッカーがさらに倒れこもうとしている。


 当たる。

 そう思ったものの、体は動かなかった。不思議な事に、頭の中で考えたのは、しゃがみこむべきか、頭を腕で覆うか、の二択だった。


 咄嗟にどちらか判断が出来れば違ったのだろうけど。

 何故だか頭の中で必死に、「どっちがいいだろう」と時間をかけて悩んでいた。


 結果。

 棒立ちのまま私は近づいてくるスチールロッカーを見た。


「桃山!」

 突如聞こえたのは蘇芳先輩の声で、次に視界が真っ暗になった。

 

 後ろに突き飛ばされたような、押し倒されたような感覚があって、どすん、と尻餅をついてすぐに、更に上半身を押され、後頭部から仰向けに倒れる。同時に、がつん、と重たい金属音が聞こえた。


「痛いっ」

 後頭部とお尻の痛みに思わず声を上げると、「大丈夫か?」と顔を覗き込まれた。


 暗い。

 暗くて、何がどうなっているのか分からない。

 ただ、顔を至近距離で覗き込んでいるのが蘇芳先輩だという事には気づいた。


「蘇芳!」

「おい、持ち上げろ! 電気!! 照明!!」

「誰かこっちに来て!」

 いくつもの生徒の焦った声が次々に耳に飛び込んでくる。


「ロッカーが倒れた!」

 誰かが叫び、私は呆然と、仰向けのまま目の前の蘇芳先輩を見る。

 途端に、教室中の電気がつく。眩しい。何度もまばたきをする。


 ちかちかする視界の中で……。

 蘇芳先輩の顔が見えた。

 その背後には、大きなロッカー。


 私は、四つん這いになった蘇芳先輩の腕の間に寝そべっていて……。


 庇ってくれたのだ、と気付くまでに数秒かかった。


「大丈夫か! 蘇芳っ」

 ロッカーを誰かが支え始め、その隙に葛葉さんが蘇芳先輩に声をかける。


「あんたなぁ!」

 首を捻って見上げ、蘇芳先輩が葛葉さんに怒鳴る。


「ちゃんと守れないなら、こいつに近づくなっ」


 蘇芳先輩は怒鳴り、葛葉さんが口ごもる。

 私は蘇芳先輩に押し倒された形のまま、おそるおそる尋ねた。


「蘇芳先輩、血糊ちのりつけてました……?」

「え?」

 蘇芳先輩は再び私の顔を見下ろすのだけど。


 その額と顎を、するり、と蛇の舌のように「赤」が舐めて滑る。

 どうやら血糊ではないらしい。


 その鉄錆びた臭いに、気が遠くなりそうだった。

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