お化け屋敷2 待って!

「おお、真っ暗」

 葛葉くずはさんが言うとおり、教室内は見事に真っ暗だった。


 窓全部を暗幕で遮ったようで、ところどころ案内表示代わりに照らしている赤色の懐中電灯の光以外、何も見えない。


 道を作るために、黒い布を天井から張り巡らしているようだ。葛葉さんに手をつかまれていたのだけど、いつの間にかその腕に取りすがりながら、私はゆっくりと足を前に出す。


「ひゃあ!」

 足を踏み出すと同時に悲鳴を上げた。「なんか踏んだ!」。そう言うと、葛葉さんが大笑いする。


「マットだよ」

 言われると確かに、この感覚はそうかも。


 私は、ばくばく鳴る心臓を宥めながら、葛葉さんに連れられて前に足を出す。


 お化け屋敷のいやなところは、入ったら出なきゃいけない、ということだ。


 一気に走り去って出てしまおうか。

 そう思うものの、足は怖気てなかなか進まない。


 じりじりと進んでいたら、急に後ろから、どん、と押された。


「にゃあ!」

 思わず叫んで葛葉さんから手を離し、前に飛ぶ。

 私の動きに驚いたのか、それとも葛葉さんも誰かに背中を押されたのか、「うお」と、小さく隣りで声を上げたのを聞いた。


 小走り気味に進むと、いやなことに、目の前にパイプベットがある。おまけに、目を凝らさずともわかる。


 誰か、寝ている。


 ベッドの布団やシーツは赤い血飛沫を模したペンキが飛んでいて、否が応でも妄想が掻き立てられる。


「起き上がるのかな」

 葛葉さんが苦笑交じりに言い、先に歩いてくれる。


 わかってる。多分、ベッドに寝てる人が起き上がって、きっと脅かすんだ。


 わかってる。わかってたら怖くない。


 自分に何度も言い聞かせ、葛葉さんの大きな背中に隠れながら前に進む。

 だいたい、教室のくせに、なんでこんなに広く感じるんだろう。


 葛葉さんがベッドの脇を通って左に進む。

 ベッドに異常はない。


 あれ、と思った。

 葛葉さんの背中にぴったりくっついて進みながら、少し安堵する。


 なんだ。

 飾りか。


 そう思った瞬間だ。

 ばさり、と音を立ててベッドから人が起き上がる。


「ばあ!」

 多分、ゴムマスクをつけているのだろうけど、顔面が崩れた人と目が合った。


「ふぎゃあ!」

 叫んで飛び出し、目の前の葛葉さんの背中にぶつかる。「あいたた、なに?」。葛葉さんが驚いて振り返るものの、私は葛葉さんの脇を通り過ぎて走り出す。


 いや、走り出したつもりだったのだけど。

 天井から点滴チューブが落ちてきて、また悲鳴を上げて足を竦ませた。


「落ち着けって」

 葛葉さんが笑って、背後から腕を伸ばして私を抱きしめる。


「ちょ……。ちょ、待っ……!」


 逆に、悲鳴が上がらなかった。

 硬直して血の気が引く。

 腰に回された大きな腕とか、広くて硬い胸板とか。そんな感覚に思考が停止しかけたときだ。


「困りますね、お客さん」

 低い声が聞こえて、ぐい、と葛葉さんが私から引き離される。


「そんなことされたら、うち、営業停止になるんで」


 腕が私から解かれ、ほっとして息を吐いたとき。

 その声の主の姿を見てまた私は悲鳴を上げた。


「落ち武者!」

「だから、平知盛っ」

 すかさず訂正するこの声は。


 蘇芳すおう先輩だ。


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