お化け屋敷1 さぁ、どうぞ

「入場料、二○○円です」


 前から順番に、血まみれのナース服を着た女子生徒がダンボールの箱を差し出しながら近づいてきた。どうやら、入場料はその箱の中にいれるらしい。


 今度こそは、と意気込んでコインケースを取り出したのに、あっさり葛葉くずはさんが四○○円を箱の中に入れてしまった。


「一組ずつ入るの?」

 葛葉さんが血まみれナースに話しかける。


「そうなんです。生徒会執行部の点検の件でお待たせしましたけど、今は流れていますから」

 血まみれナースはにっこり微笑む。


「点検って、なんかひっかかった?」

 葛葉さんが尋ねる。相変らず物怖じしないし、相手もあまり警戒感を抱かないようだ。


「出口付近の仕掛けが危ないんじゃないか、って」

「出口?」

 葛葉さんが首を傾げると、血まみれナースはくすりと笑った。


「これ以上はネタバレになるので言えませーん」

 それだけ言いおいて、私たちの後ろのお客さんに「入場料一人二○○円です」と声をかけに行った。


「入り口が見えてきたよ」

 三階まで上がりきると、確かに廊下からお化け屋敷の入り口が見える。葛葉さんはずいぶんと楽しそうだ。


「ゆっくりと前にお進みください」

 そう言っているのは、蘇芳すおう先輩だ。その姿に、子供たちが保護者にとりつき、保護者は苦笑している。


「廃病院だって」

 列整理をしている蘇芳先輩をぼんやりと見ていたら、葛葉さんが声をかけてきた。


 列に一番近い側の教室の入り口に、『恐怖の廃病院へようこそ』と書かれた手作り感溢れる看板がかけられていた。


 ペンキを多く含んで書いたのか、字が垂れて歪み、なんだかそれだけでもう、心臓がどきどき言い始める。どうやら、教室後方が出口らしいが、こちらからは退出者が見えないように病院にあるようなパーテーションが立てられて目隠しされていた。


 昔から、こういった類のものが苦手なんだよなぁ。

 驚かされるのがだめというか……。

 注意を払っていない場所からいきなりなにかが出てくることがダメだった。


「よく考えたら、廃病院なら、フランケンシュタインも河童も落ち武者も関係なんじゃないのか?」


 葛葉さんが顔を近づけて私に言う。多分、音響のせいで声が聞こえないからなのだろうけど、私は困ったように笑って少し身を引いた。


 列の前の方で、蘇芳先輩が保護者に話しかけられている。子どもたちはおびえているようだけど、蘇芳先輩は落ち着いて幾度か頷き、入り口係らしい白衣の男子生徒に何事か伝える。


 一つ前の生徒二人組みが止められ、小学生数人と保護者数人がまとまってお化け屋敷に入るのが見えた。


 子どもたちが、あまりにも怖がりすぎているから、家族ごとではなく、仲間内で一緒に入りたい、と申し出たようだ。


 列が更に、入り口に近づく。


「中は暗くなっていますので、足元に気をつけてください」

 白衣に聴診器をつけた男子生徒が声をかけてくる。


 その語尾を、さっき入った小学生たちの悲鳴が消した。私は首を竦め、私の前の二人の女子生徒も手を握り合って、「きゃあ」と笑いあっている。


 その後、幾度か小学生と、おまけに大人の悲鳴まで交じり合い、最後に「がちゃあん」という何か大きな音が響いた。


「さぁ、どうぞ」

 その音が合図でもあるかのように、白衣の学生が、私たちの前の二人の女子生徒をお化け屋敷の中に入れた。


「あの音なに?」

 葛葉さんが、入り口付近に立っている蘇芳先輩に尋ねる。


「なんでしょうね」

 蘇芳先輩はむっつりとしたまま、それだけ言った。


「ええ? なんだよ、それ」

 葛葉さんが笑い、白衣の男子生徒に「なぁ?」と声をかけた。教室の中からは、けたたましい悲鳴が聞こえてくる。


 なんで好き好んで怖がりたいのだ。

 私は真剣にみんなの心境が理解できない。


「生徒会執行部に安全は確保してもらっていますから」


 白衣の男子がはっきりと答えたとき、またあの、謎の「がちゃあん」という金属音が響いてきた。

 それだけではなく、今までで一番大きな悲鳴が上がる。


 無理。これもう、無理。


「さぁ、どうぞ」

 にこやかに白衣男子に促され、無言で逃げ出そうと思ったら、がっしりと手首を葛葉さんに掴まれた。


「入ろうぜ」

 有無を言わずに黒いカーテンがかけられた教室の中に引きずり込まれる。


 いやあああああああああああああ。

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