校内見学4 本気

「2回も間違われたな」

 くつくつと葛葉くずはさんが笑う。「すいません」。頭を下げると、

「いや、俺はいいんだけどね」

 葛葉さんはどこか愉快そうだ。


「ついでに、桃山のカレシになっても問題ない」

「は?」

 思わず聞き返したとき、順番待ちの列の上から「うお」だの「うわ」だの「ひえ」だのという声が聞こえてきた。


 なんだろう、と顔を階段の上に向けると、葛葉さんまで「おお」と驚いた声を上げる。


「こんにちは」

 ぶすっとした顔で階上からやってきたのは、あの衣装を着た蘇芳すおう先輩だった。

 声を聞いてようやく顔に目が向いたようだ。葛葉さんは眉を跳ね上げる。


「なにそれ、お前。落ち武者?」

「平清盛らしいですよ」

 私が補足すると、「知盛だ」と蘇芳先輩に訂正された。そうだ、そうだ。碇知盛いかりとももりだ。


 無表情で、どこか怒ったような雰囲気はあるものの、私は蘇芳先輩が来てくれたことにほっとした。

 とにかく、葛葉さんと二人だというこの状況は終わらせられる。


「なんで、張りぼてのいかりを背負ってんの?」

 葛葉さんは蘇芳先輩の背中を指差した。


「碇知盛って知ってます?」

 私は葛葉さんに尋ねる。列が少しずつ動き始め、私たちはゆっくりと階段を登り始めた。


「碇シンジなら知ってる」

「それ、エヴァンゲリオンじゃないですか」

 私は噴出して笑う。


 多分。

 蘇芳先輩が近くに居てほっとしたのだ。


 今まで、なんだか緊張していた分、振り幅は大きかった。普段なら大して笑わないようなことでも、感情の沸点が低くなって、私は笑い声を上げる。


「仲良いだろう」

 不意に、肩を掴まれて葛葉さんに引き寄せられ、ぎょっとする。階段を登るふりをして、急いでその腕から逃れた。


 ちらり、と蘇芳先輩に視線を送ると、相変らずの仏頂面で葛葉さんを見ていた。矢がいくつも刺さった鎧武者姿なだけに、なんとも不気味感が増して怖さ倍増だ。


「うちの部員にちょっかい出すのはやめてもらえませんかね」

 同じぐらいの身長のようで、蘇芳先輩の目線は真っ直ぐに葛葉さんに向けられている。


「ちょっかいなんて出してないだろう」

 蘇芳先輩の恐ろしさがイマイチ葛葉さんには伝わっていないらしい。余裕を滲ませたような瞳で先輩を見返している。


「葛葉さんが、手当たり次第に食い散らかして評判下げてるのは、俺の知ったことじゃあありませんが、それに後輩を巻き込まないでいただきたい」

「先輩に対して随分な物の言いようじゃないか」


「先輩だからこそ、申し上げています」

「余計なアドバイスはいらねぇよ」

 低い声の応酬に、私だけではなく、周囲の生徒たちも二人を避け始める。気付けば、幽霊男子も、プラカードを持って階段下に退避していた。


「本気なら別に問題ないんだろ?」

 葛葉さんが階段をゆっくり登りながら蘇芳先輩に尋ねる。


「本気ならね」

 蘇芳先輩も葛葉さんと並んでそう言う。


 間に挟まれた私は、頭の上で交わされる会話にひたすら首を竦めた。食い散らかすとか、本気とか、これ、何の話。


「だけど、葛葉さん違うでしょ。遊ぶなら他所で遊んでください」

「本気じゃないって、何でお前が言えるんだよ」

 葛葉さんがそう言うと、蘇芳先輩がぐっと息を飲む。その様子を見て、葛葉さんは勝ったような色を目に映して、言葉を和らげる。


「だいたいお前、なんで俺たちんところに来てるわけ」

「椿からスマホに連絡来たんですよ。葛葉さんがそっちに行った、って」

 むすっとしたまま蘇芳先輩が答える。


「お前ら、桃山の保護者かよ」

 ひとしきり葛葉さんは笑った。


「お前なんてそんな格好してるから、守護霊だな」

 そう言って、目を細める。なんだか嫌みな表情だ。


「持ち場に戻れば? 守護霊」

 蘇芳先輩は葛葉さんをしばらく無言で見つめていたけど、小さく息を吐いて教室に戻ろうとした。


 反射的に。

 本当に、咄嗟に。


 私はその蘇芳先輩の腕を捕まえていた。


 蘇芳先輩は、私に手を取られ、階段に右足をかけたまま、思わず動きを止める。

 驚いたように私を見る蘇芳先輩と目が合い、私は慌てて手を離す。


「すいません」

 口早に詫びると、「ああ」と差しさわりのない返事が戻って来た。


 置いてかれる、と思った。

 単純に、そう思って。

 ついていこうと思って、手が伸びた。


「怖くない、怖くない」

 私が、お化け屋敷に入るのがいやで、蘇芳先輩に助けを求めたと思ったらしい。

 葛葉さんが私の頭を撫で、蘇芳先輩はそんな私から目をそらすように結局教室に向かってしまった。


「流れ出すと早いな」

 葛葉さんは、ゆっくりと階段を上がりながら私に話しかける。「そうですね」。愛想笑いを浮かべようとして頬の辺りが強張った。


 列はすでに二階にまで進み、三階まであと少しだ。

 二階でカフェを出していた二年生たちがチラシを持って寄って来た。


「今ならシフォンケーキを半額にしますよ」

 どうやら、お化け屋敷に人を取られて客が集まらないらしい。


「生徒会執行部にはナイショで値引きしてますから、執行部にばれたらその段階で、通常値段に戻します。どう? 今だけのお得だよ」

 タータンチェックのエプロンをつけた女子がお化け屋敷の順番待ちの列にこっそり告げると、何人かが列を離れてカフェの方に向かうのが見えた。


「カフェの方に行く?」

 葛葉さんに誘われたけど、私は首を横に振った。

 まだ、蘇芳先輩が近くに居るとわかっているところのほうが良い。


 葛葉さんはそんな私をしばらく凝視していたけど、「そう」と、微笑んで顔を前に向ける。


 何人かが列を離れただけで、列は随分と移動した。

 三階フロアが近づくと、大音響で鳴っているホラー映画のサントラ盤が聞こえてくる。

その音楽に、お化け屋敷に入った参加者からの悲鳴が混じる物だから、なんだか背筋がぞわぞわきた。


「へぇ。本当にお客さん、怖がってるんだ」


 葛葉さんは愉快そうだ。

 列の何人か前は、小学生の子どもをつれた保護者たちだった。明らかにその悲鳴や雰囲気に呑まれ、子ども達は足を竦ませている。


「怖くないよー」

 列を進ませようとしたのか、フランケンシュタインと河童の格好をした生徒が小学生に話しかけ、「ぎゃあ!」とまた悲鳴が上がる。


「情けねぇな」

 葛葉さんが小さな小さな声で言う。多分、音楽に紛れて私には聞こえないと思っているのかも知れない。ちらりと彼を見上げると、ひっそりと小学生に失笑していた。


 なんとなく。

 なんとなくだけど。


 蘇芳先輩なら多分、こんなことは言わないし、笑わない、と思った。


 小学生に泣かれて困惑はしてそうだけど、それでも一緒に手を繋いで側に寄り添っていそうな姿が頭に浮かんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます