校内見学3 蘇芳によろしく

「本部テントはあそこかな」

 葛葉くずはさんは私の動きに気付いていないのか、それとも気付かなかった振りをしたのか、するりと私から視線を外し、目の前に広がっているグランドに顔を向けた。


「そうです」

 私も頷き、並んで歩き出す。手の中のペットボトルがひんやりと気持ち良い。正面から吹き付けてくる風は、グランドを渡ってくるせいか、少し土ぼこりの匂いがした。

 レンガ敷きの道を歩いていき、朝礼台の隣りに立てられた白いテントに近寄る。


「あれ。葛葉さん」

 二人で中を覗き込むと、マイクと原稿が数枚置かれた机の側に、桜宮さくみや先輩がいて、目を見開いて私と葛葉さんを見比べる。


「さっきの放送聞いて来たんだ」

 葛葉さんが言うと、桜宮先輩は顔をしかめた。


「放送聞いたんなら、体育館ステージに行ってくださいよ」

「つれないな。折角来てやったのに」

 葛葉さんはそう言って、さっき買ったクッキーの小袋を桜宮先輩に放る。


「なんで文化祭に来てるんですか?」

 桜宮先輩は受け取ったクッキーを手で弄びながらそう尋ねる。


「この高校のホムペに載ってたから、覗きに来たんだ」

「なんで桃ちゃんと?」

 疑わしそうな目で桜宮先輩はじろりと見る。綺麗だからこそ、そんな表情をつくると、どきりとした。ちょっと怖い。


「ちょうど、教室展示の交代の時間だったんだって」

 平然と葛葉さんは桜宮先輩の視線を受け流す。「なぁ?」。そう促され、私は曖昧に頷いた。


「……桃ちゃん、他の友達は? 葛葉さんと、その友達たちと一緒に回れば?」


「私もそう言ったんです」

 ぶんぶんと首を縦に振る。それなのにあおいが。


「いやあ。随分と気の回るお友達だったよ」

 にこにこと葛葉さんが隣りで答えている。


「ただいまぁ。……って、あれ?」

 ばさり、とテントの幌がめくられ、椿つばき先輩が顔を覗かせた。


「お前のクラスでちゃんと購入したぞ」

 葛葉さんが椿先輩に声をかけ、椿先輩は私と葛葉さんを交互に見て事情を察したらしい。


「剣道部員めぐりになってるんですか?」

 椿先輩は、『生徒会執行部』の腕章をつけた腕を組む。


「気付けばそんなかんじ」

 葛葉さんは笑った。「銀杏いちょうはどうでもいい」。そう付け加える。


「じゃあ、蘇芳すおうのところにも行ってあげてくださいよ」

「ちょっと」

 桜宮先輩が椿先輩を一瞥したけれど、椿先輩は肩を竦めて笑って見せる。


「いい刺激だよ」

 こっそりそんなことを桜宮先輩に告げている。


「蘇芳はどこで何をしているんだ?」

「お化け屋敷をしてますよ」

 椿先輩はそう言い、クラス番号と場所を葛葉さんに教えた。


「行ってみようか」


 葛葉さんが誘ってくれるんだけど……。

 本音を言えば、もうこの人と二人だけで行動をするのは避けたかった。おまけに、びっくり系の出し物は昔から苦手だ。


「そういうの、苦手なんです。お化け屋敷とか肝試しとか」

「所詮、文化祭レベルだろ?」

 葛葉さんは声を出して笑う。


「大丈夫だよ。怖くないって」

「葛葉さん、ひとりで行けば?」

 桜宮先輩が冷たく言ってくれて、私は内心ほっとする。


 桜宮先輩、もっと言ってちょうだい、と心の中で思った。今までの経緯の貸し借りが心の中で天秤となって揺れ動き、どうにも本音が私は言い難い。その部分を、桜宮先輩がはっきり言ってくれるだけで、心が楽になった。


 だけど、葛葉さんは快活に笑ったまま、私の手を引く。


「行ってみよう」

「こらっ! うちの部員に気軽にさわらないでっ」

 桜宮先輩が机から身を乗り出して怒鳴ってくれるけど、本当に葛葉さんは意に介していない。


 もう、ちょっと、誰かどうにかして。


 助けを求めるように椿先輩を見るけど、椿先輩はにこやかに笑い、

「蘇芳によろしく」

 と、言っている。


「じゃ。またな」

 葛葉さんはあっさりと二人に別れを告げ、私とテントを出た。


「クラスをまるまるお化け屋敷にしてるのか? 大掛かりだな」

 ずんずんと椿先輩に教えられたクラスに向かって歩きながら、葛葉さんは言う。


「すごい人気ではあるようですよ。列が出来てる、って」

 私はさりげなく葛葉さんから手を引き抜く。これぐらいの抵抗は許されるだろう。


「へぇ。そうなんだ」

 葛葉さんは特に気にしていないらしい。教室のある新校舎のほうに足を向けた。


 ペットボトルの封を切り、歩きながら飲み干してる姿はそれなりに様になっていて、通り過ぎる何人かの女子生徒が「誰?」と騒いでいるのも聞こえる。


 なんとなく。

 なんとなく私は葛葉さんと少しだけ距離をおいて、ついて歩いた。


 グランドから一番近いルートで新校舎に入る。


 普段、上級生のクラスになど行く事はないので、私自身ちょっとドキドキした。

 私たちの旧校舎とは違い、壁もリノリウムの床も傷みが少ない。おまけに、大きくとられた採光用の窓ガラスのお陰で、随分と明るく見えた。


「ひょっとして、これ、列じゃないか?」

 驚いた声を葛葉さんが上げる。


 きょろきょと見回していた私は、葛葉さんの視線を追った。


 上階に向かう、くの字型の階段には、踊り場まで人が並んでいた。最後尾には白装束の衣装を来た幽霊姿の男子生徒が、『こちらにお並びください』とプラカードを持っている。


「すごいな」

 上気したように言い、葛葉さんが人懐っこく私に笑って見せた。


 ……まぁ、確かに。

 蘇芳先輩のクラスは三階のはずだ。三階までこの列が続くとは予想以上だ。


「大分待つ?」

 葛葉さんは階段を駆けながら登り、プラカードを持つ幽霊男子生徒に尋ねた。


「今まで、生徒会執行部の点検待ちだったから列が伸びましたが、点検は終了したのでそんなに待たないと思いますよ」

 その返答に、私たちだけでなく、周囲の順番待ちの生徒もほっと息を吐いた。


「人気なんだな」

 葛葉さんは人見知りもせず、幽霊男子に話しかける。幽霊男子は少し自慢げに胸を張って見せた。


「人が演じるお化け屋敷ですからね。出る瞬間まで怖がらせますよ」

「へぇ」

 葛葉さんは大げさに驚いてみせ、私を見た。


「怖いって」

「……いや、だから私は入りたくないんです」

 眉を下げて私が答えると、応じたのは幽霊男子だった。


「カレシと一緒だから怖くないっしょ」

 私はため息つく。


「いや、だからカレシでは……」

 だけどその語尾もすぐに幽霊男子の、「最後尾こちらです」という声に消される。

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