校内見学1 ダメかな

「お兄さん、いつまで文化祭にいるの?」

 何人か引き連れている女子生徒が、やけに猫なで声で葛葉くずはさんに話しかけている。


「さぁ。最後までいるかもしれないし、すぐ帰るかも」

 葛葉さんは曖昧な返事を返したものの、有無を言わせない眼力で、まとわり着く女子生徒たちを一瞥した。


「案内してくれてありがとう。じゃあね」

 きっぱりとそう言われ、周囲にいる数人の生徒たちは少しがっかりしたような顔で小さく手を振る。


「明日も来てね。待ってるから」

 女子たちは口々に告げて下足室から出て行くけれど、葛葉さんは明確には明日来る、とは言わなかった。


「やぁ。こんにちは」

 葛葉さんがにっこり笑って声をかけてくる。


「こんにちは」

 私も頭を下げた。背後であおいが、「誰?」と小声で訊いてくる。


「剣道部に指導に来てくださってるの」

「社会人?」


「大学一年生」

「へぇ」

 葵が興味深そうに葛葉さんを見るんだけど、決して私の背中から前に出ようとはしなかった。気になるんなら、前でもっと見たらいいのに。


「高校のホムペ見たら、今日と明日、文化祭って書いてあったから、来て見たんだ」

 葛葉さんが歩み寄りながら言う。


「そうですか」

 それしか答えようがない。私は困って首を傾げた。葛葉さんを見上げる。


「今、暇なの?」

 葛葉さんが尋ねる。


「今から友達と模擬店を見て回ろうかな、って思ってたんです」

「それ、二人じゃなきゃダメ?」

 どういう意味だ、と私は眉根を寄せる。


「俺も一緒じゃダメかな」


 ダメも何も……。

 私は戸惑って葵を振り返る。私は彼女と回るつもりだったのだ。葵だって、私と一緒に回るつもりだったに違いない。ふたりで。


「どう?」

 葛葉さんがそう尋ねたのは、私ではなく葵にだった。


「……私、先輩の模擬店に行ってくるよ」

 葵が私と葛葉さんを見比べてそう言う。私は「ん?」と食いついた。


「うん。聞いたよ。だから一緒に……」


「桃山はその人と一緒に校内を回りなよ」

「はぁ?」

 思わず大き目の声が上がったけれど、それを上回る声で、葛葉さんが、「いいね」と言い出す。


 驚いて葛葉さんに視線を転じた隙に、葵が私から離れた。


「ちょっと、ちょっと」

 思わず手を伸ばして手首を掴むと、葵はもう片方の手で私の手を握った。


「頑張るのよ、桃山」

「何を!? 学校案内を!?」

 そう答えた私を、葵は不憫そうに見つめ、葛葉さんに顔を向けた。


「こんな、鈍い子ですけど、宜しくお願いします」

「そこが可愛いんだけどね」

 私は、頷き合う二人を交互に見つめて困惑した。なにが。今、なにがどうなってるの。


「じゃあね」

 葵は私の手を振り切って、下足室から足早に立ち去っていく。


「……えっと……」

 私は困って葛葉さんを見上げた。


 校内を案内、って言われても私自身まだ文化祭を見ていない。

 やっていた事といえば、教室の展示品の警護だ。

 どこでなにをしているのか皆目見当はつかず、ただ、さっき男子から聞いた『カレーが人気』。『お化け屋敷に入場待ちが出来ている』程度の知識しかない。


「一緒に見て回らないか?」

 そう言われ、おずおずと頷いた。それならば問題ない。私にもできそうだ。


「葛葉さん、下宿先から来たんでしょう? 大学は大丈夫なんですか?」

 私は葛葉さんに近づき、顔を上げる。


「授業は平気。部活は夕方からだから、昼過ぎにこっちを出たら間に合うんだ」

 葛葉さんは下足室の扉を開けてくれる。


 一気に熱気と日射しが下足室に流れ込み、目を細めてそれをやり過ごす。

 教室にいた時は気付かなかったけれど、初旬とはいえ流石に7月だ。昼近くになってくると温度も光も夏に近い。


「桃山のクラス展示は? 案内してよ。俺、見ようかな」

 光に目を慣らしていたら、葛葉さんにそう言われた。私は笑って首を横に振る。


「見るほどのものじゃないですよ。市の歴史資料館から借りてきた展示品を出してるだけですから」


「桃山がどこにいるから分からなかったからさ。ここの生徒に、『1年3組のクラスはどこ?』って聞いたんだよね」

 ああ、それで女子生徒がぞろぞろ葛葉さんについて回っていたのか。


 私は改めて葛葉さんを見る。

 道着じゃない葛葉さんは、背丈もあるし、服の上からもしっかりとした筋肉が見て取れる。キャスケットで、威圧感のある丸坊主を隠しているせいで、人懐っこい表情と甘い笑みのほうが強調されてなかなかの男前に見えた。


「なに?」

 葛葉さんが不思議そうに私を見下ろす。じろじろ見すぎたのかもしれない。


「雰囲気が違うな、と思って」

 正直に答えると、にまりと笑われた。


「カッコいい?」

 尋ねられたから、首を縦に振った。


「ええ、とっても」

 そう答えると、苦笑される。


「完全に他人事だよな」

 誉めたつもりなのに、なんかがっかりされてしまった。


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