クラス展示3 葛葉さん


「幽霊? え、生きてるの?」

 あおいが、震える声で私に尋ねるけど……。笑えない。私だって、化け物だとおもった……。


「誰が幽霊だ。これは平知盛たいらのとももりだ。ほら、背中にいかりも背負っている」


 蘇芳先輩は気分を害したように眉を寄せると、振り返って背中に背負う張りぼての錨を見せてくれた。


「……すいません。ちょっとよく分からないんですが……」


 その場を代表して申し出ると、私にしがみついている葵も激しく首を縦に振っている。


「義経千本桜を知らないのか? 碇知盛いかりとももりだよ」

 驚いたように蘇芳先輩が言い、私と葵は顔を見合わせて首を横に振る。蘇芳先輩は不思議そうに椿先輩に顔を向けた。


「いや、僕を見られても……。それ、メジャーな話なの?」

 苦笑いの椿先輩が肩をすくめる。ですよね。


「歌舞伎の演目だ」

「知らないよ」

 腕を組み、椿先輩は顔をしかめる。蘇芳先輩は、ふん、と溜息をついた。


「教養が足りないんじゃないか?」

「蘇芳の常識がみんなの常識だって思わないでよ。僕らから見たら、それ、落ち武者だよ」

 そう言われ、蘇芳先輩は少し残念そうだ。


「あ……っ。私、今日家に帰ったらネット検索してみます」

 私が慌てて声をかけると、蘇芳先輩は少し気を良くした様に頷いた。ちゃんと覚えて家に帰らなければ、と、私は碇知盛と、何回か心の中で呟いた。


「そういえば、さっき聞いたよ」

 椿先輩が、悪戯っぽい光を瞳に宿らせて蘇芳先輩に話しかける。


葛葉くずはさん、先週も来たんだって?」

「来た」

 ぶすっとした様子で蘇芳先輩が答える。椿先輩は心底楽しそうに笑い声を上げた。


「頑張んなきゃねぇ、蘇芳」

「なにを」


「いろいろ」

「なんだよ」


「ここで言っていいなら、言うけど」

「黙ってろ」

 はいはい。椿先輩はそう言って笑う。


桜宮さくみや先輩は一緒じゃないんですか?」

 私は首を巡らせた。三人セットでいつもいる先輩たちなので、なんだか、二人だけというのもすわりが悪い気がする。


「桜宮は放送委員でもあるから、本部の方で手伝ってもらってる」

 さらっと椿先輩にそう言われ、私は口をつぐんだ。


 そうだ。これだけ不特定多数の人が校内に入り込んでいるんだ。また、あの試合の日みたいに、追いかけられたり写真に撮られたりする可能性だってあるだろう。


 椿先輩が、生徒会執行部の力で本部に貼りつけにしてくれているのかもしれない。


「僕は今から、蘇芳のクラスのお化け屋敷に行って来るよ」


「蘇芳先輩のクラスの話なんですか? お化け屋敷って」

 私は声を上げる。さっき、同じクラスの男子がすごい人気だと言っていたところだ。


「参加した人からね、『ゴール部分が危ないんじゃないか』って情報が生徒会執行部に入ったんだ。で、その状況確認」

 椿先輩が肩を竦め、蘇芳先輩が鼻を鳴らす。


「それでなんで、俺が呼び出されるんだ。学級委員長に文句言えよ」

「捕まらないんだから仕方ないだろ」

 椿先輩はそう言って、碇を背負う蘇芳先輩の肩を押した。


「さて、行こうか」

「おう」 

 そう蘇芳先輩が応じて歩き出そうとした時、くるりと椿先輩が振り返った。


「うちのクラス、ジュースと手作りクッキー売ってるんだ。また行ってやって」

 私と葵は顔を見合わせて頷く。


「暇があれば、うちも覗いてくれ」

 蘇芳先輩はついでのようにそう言ったけれど、私と葵が困ったように眉を下げるのを見て、「ま、気が向いたら」と付け足して階段の方に向かった。


「……個性的な先輩たちだね」

 葵が気を遣った表現で剣道部の先輩たちを評する。ありがとう。


「勉強も出来るし、人気も有るし、剣道に限らずスポーツだって出来るんだけどなぁ」


 だけど、総合したら『変』になってしまう。何故だろう。

 首を傾げていると、下足室のガラス扉が開く音がした。


「あ、いたいた」

 そんな男性の声の後、なんだか女子の華やいだ声が一気に下足室に入ってくる。


「ありがとう。助かったよ」

 私と葵は、声のほうに視線を向ける。


 一瞬。

 誰だかわからなかったのは確かだ。


 随分おしゃれな普段着だったし、なにより頭にキャスケットっぽい帽子を被っていたので、一番の目印でもある「坊主」が隠れていたせいもある。


 葛葉さんだ、と気付いたのは、私に向けてあの、ゴールデンレトリバーのような笑みを浮かべたからだった。

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