クラス展示2 出た

 バレーは、楽しかった。


 小学校の時のチームが良かったのだろう。

 皆で力を合わせることが楽しかったし、当時はセッターもしていたので、速攻やバックアタックなどいろんな攻撃を組み合わせるのも楽しかった。


 勝ち上がって各地に試合に行くのも、友達をたくさん作る感覚で嬉しかったし、遠征だって、まるで旅行に行くようでわくわくした。


 その時は、自分の目の前にたくさんの『選択肢』があり、それは無限の可能性を秘めて、自分が選び取れるものだと思っていた。


 だけど。

 中学生になり、自分にはリベロの道しかなくなり、桧山ひやま先輩と出会って……。


 途端に、つまらなくなった。辛くなった。


 今、思うのは。

 私は「楽しかったから」バレーを続けていたのだ。


「勝ちたかった」から、バレーを続けていたわけじゃないのだ、と気付いた。


 だからこそ、県代表に選ばれても何も得ようとはしなかった。むしろ、無闇に買う嫉妬のほうがややこしくてうんざりした。ただただ、叱責されるのが嫌で、だからその場限りの技術ばかりを磨いたような気がする。


「剣道は楽しいの?」

 心を見透かしたように葵が私に言う。私は首を傾げてしばらく言葉を捜した。


「剣道で、勝ちたいの。勝ってみたい」

 葵はそんな私をしばらく見つめていたけど、「そうか」と、にっと笑って長い腕を伸ばし、ぎゅっと抱きしめてくる。


「わわわわ。階段! 落ちるっ」

 私は手すりに捕まりながら葵に訴えた。おまけに、苦しいっ。


「あんたって、もう。この背の低さがこう、抱きしめやすいのよねぇ」

 頭に頬ずりしながら葵は言う。「やめてよ、もうっ」ともがき出る。桜宮さくみや先輩といい、葵といい、どうして背の高い人は私を抱きしめるんだ。


 私はそのまま、一気に下足室まで駆け下りた。


「あれ?」

 各学年ごとに本棚のような下足箱が並ぶ集中下足室にいるのは、椿つばき先輩だ。


 夏服の制服の袖に『生徒会執行部』と書かれた腕章をつけ、片手にはスマホを持って誰かを探しているようだ。


「剣道部の?」

 後ろから追いついてきた葵がこっそり尋ねる。私は頷いて、椿先輩に声をかけた。


「どうされたんですか?」

 椿先輩は驚いたように肩を跳ね上げたけれど、私を見て柔和に笑った。「おお。カッコいい」。背後で葵が呟くから、私は苦笑した。


「ここで蘇芳すおうと待ち合わせしてるんだ」

 そう言って、私の後ろの葵にも小さく頭を下げてくれた。


「こんにちは」

「あ、どもです」

 葵はすらりとした体を私の背後に隠して小さくなりながら、挨拶ともいえないものを返している。


「生徒会執行部の仕事ですか?」

 椿先輩の腕章を指差した。


「この文化祭までが前期役員の仕事だからね。早く解放されたいよ」

 形の良い口唇をゆがめると、辟易とした顔でそう言う。


「大変そうですねぇ」

 ここ十日ほど、確かに部活で椿先輩を見ない。


 代わりに、私たちが下校する頃まで生徒会執行部室の電気が煌々とついていた。多分、あそこに詰めて、他の生徒会執行役員とこの文化祭の細かい打ち合わせをしているんだろうと、察してはいた。


「次から次へと苦情ばっかりだよ。プロパンガスが切れそうだ、とか用意していた机を他のクラスが持っていった、とか、売れないから値段を下げたい、とか」

 珍しく椿先輩が憎々しげにそう言い、スマホを握る手に力を込める。


「自分たちで計画したんなら、最後まで自分たちでやりぬく気概はないのか……っ」

「先輩、お疲れなんですね」

 そう声をかけると、がっくりと肩を落とされた。


「剣道部にも行けないしさ。息抜きできないよ」

 ご愁傷様です。そう心の中で思っていたら、ふと、思い出したように尋ねられた。


葛葉くずはさん、稽古に来てるんだって?」

 私は目を瞬かせて頷いた。


「先週土曜日の稽古に。少しだけ、地稽古のお相手をしていただきました」

 私は思い出しながら答える。


銀杏いちょう先輩もいなくて、私と桜宮先輩と蘇芳先輩だけでしたから……。ずっと私の相手をしてくださって……」

 私は肩を竦める。


「本当に、申し訳ないです。少しは上達しないといけませんね」

 ふぅん、と椿先輩は意味ありげに笑った。


「……なんですか?」

「ううん。何を教えてくれたのかなぁ、と思って」

 私はきょとんとして答える。


「今度、一級の昇級審査を受けるので、日本剣道形と、地稽古を……」

「蘇芳でも桜宮でも教えられるのにね」

 私は頷く。二人とも三段をすでに合格されているので、指導ができるのだ。


「蘇芳先輩とはここでなんの待ち合わせなんですか?」

 私が尋ねると、ああ、と椿先輩は表情を改める。


「生徒会執行部に苦情が来てね。蘇芳のクラスの出し物が……」


 椿先輩の語尾は、葵の「化け物っ」という悲鳴に消える。

 後ろから抱きつかれ、ぎょっとして私も振り返った。


「幽霊っ!!」

 葵と同じく、声を上げる。


 廊下の奥から下足室に、ぬっ、と姿を現したのは、体中、血塗れの武者だった。


 まさにうちのクラスに展示してあるような鎧姿で、肩や足に突き刺さった矢は、なんとも鮮やかな血で濡れている。歩くたびにカシャカシャと軽い音は立てているものの、その背の大きさと横幅に息を飲む。


「ああ、蘇芳すおう

 気さくな椿つばき先輩の声に、私は声をなくして目の前の『化け物』であり、『幽霊』であるものを凝視する。


 おどろおどろしい衣装にばかりに視線が行くので、顔をよく見なかった。


 なるほど。

 特にメイクもしていない顔は、紛れもない蘇芳先輩だ。


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