第三章 文化祭

クラス展示1 未練はない

◇◇◇◇


「大盛況だねェ」


 私は教室の窓から中庭を見おろし、呟いた。

 7月の、大分暑くなってきた教室に吹き込んでくる風が肌に気持ちいい。


「私たちも来年は忙しくなるんだろうなぁ」

 私の隣で、同じように中庭を見下ろしていたあおいが言う。


「今は閑古鳥だけどねェ」


 ちらりと背後を振り返った。

 部屋の中央に陣取っているのは、鎧武者と小袖に打ち掛けを着た人形だ。


 いずれも近所の市営の歴史博物館から借りてきたもので、他にもお借りした刀だの扇だのが取りとめもなく展示されている。


 今日と明日、うちの高校は文化祭なのだ。

 二年生は中庭や教室を使って模擬店を開催し、三年生は体育館でのステージ発表を行うことが決まっている。


 私たち一年生は、というと。

 テーマを決めて、教室で展示を行うことになっているのだ。


 で。

 うちのクラスは『武士の暮らし』というテーマとなった。


 近所に市営歴史博物館があることを知っているクラスメイトが、「そこから展示品を借りて適当に並べればラクじゃね?」と言いだし、みんながそれに乗ったのだ。


 だけれど。

 借りたからには、責任が生じるわけで。


 結局、時間帯を決めてクラスメイトが展示品の警備をすることになってしまった。


 他の一年生のクラスは、『壊れてもいい』『無くなってもいい』『誰も迷惑かかりません』といった風情の展示品の為、ほぼ無人だ。見学者も居なければ、そのクラスの生徒もいない。


 皆、中庭の二年生の出店をのぞきに行ったり、体育館のステージ発表を好き勝手に愉しんだりしている。


「暇だなぁ」

 呟いて、もう一度中庭を見下ろした。


「もうすぐ交代が来るでしょ。来たら、中庭に行こうよ」

 葵が楽しそうな声を上げる。


「模擬店覗こう、模擬店」


 私は頷く。

 金曜の昼前だというのに、中庭は結構な人出だ。


 今日は地域に対しても開かれているので、制服姿だけではなく、私服の保護者や近隣の住民さんの姿も多い。


 また、風が吹く。

 漂ってきたのは甘い砂糖の匂いだった。


「綿菓子あるのかな」

 目を凝らしてみる。食べたいなぁ。値段、いくらかな。


「ああ、女バレの先輩がするって言ってたよ」

「買いに行こう!」


「私、りんご飴の方が良いなぁ」

 そんなことを話していたら、教室の扉が開く音がした。


 葵と二人で同時に振り返ると、交代らしい男子二人が立っている。手に持っているのはフランクフルトとタコ焼きだった。


「お疲れー」

 声をかけられ、「お疲れ」と答える。タコ焼きのソースの匂いが一気に教室に充満し、お腹がぐぅ、と鳴りそうだ。


「もう、行っていい?」

 葵が尋ねるところを見ると、こいつもお腹がすいてきたらしい。


「どうぞ。早く行かないと、結構売り切れでそうだぞ」

 たこ焼きをひとつ、口に放り込みながら、男子が答える。それは大変だ!


「嘘。どこが人気?」

 思わず葵が前のめりになって聞いている。


「カレー屋だったかな」

 カレーかぁ。二人で顔を見合わせ、「……カレーはいいや」と無言でうなずき合う。なんか、そんな気分じゃない。


「あと、お化け屋敷」

「お化け屋敷!?」

 葵と同時に声を上げた。男子が、にやりと笑う。


「怖いらしいぜ。今、すごい行列出来てるって」


「へぇ……」

 なんとなく、二人で気のない返事をしてしまった。あんまり興味がない。


「じゃあ、あと宜しく」

 私たちはそう言って、教室を出た。


 三階廊下に人通りはなかった。

 そりゃそうだ。みんなこんな展示物に興味はない。うちは『武士の暮らし』だけど、他のクラスも似たようなものだ。『富岡製糸工場について』を展示発表している三組では、蚕までいるらしく、虫嫌いの私としては絶対近づきたくないとまで思っている。


「中庭に行く? 先輩の模擬店を覗く、って言っちゃったんだ」

 葵に促され、私は恐る恐る頷く。


「まさかと思うけど……」

桧山ひやま先輩のところには行かないから」

 手を開いて私に突き出し、葵はぺこりと頭を下げる。


「あの時は本当にごめん。桃山には会わせたくなかったから、私がしつこく勧誘する形にしてたんだけど……。いらいらして来ちゃったみたいで」

 彼女が再び、謝罪を口にするから、私は首を横に振る。


「私こそ。あの時、剣道部の先輩を呼んできてくれて本当に助かった。じゃないと……」

 私はそこで口ごもる。


 どうしてるだろうか、とふと思う。勢いに押され、バレー部に入っていただろうか。

 いや、そんなことはないな……。でも、少なくとも剣道部は辞めていたような気はする。


「桧山先輩と上手くやれているの?」

 葵と二人で階段を下りながら、私は尋ねる。葵は肩を竦めた。


「ってか、桧山先輩、上手くやれてないから」

 だよね、とは思っていても私はすでに部外者だから、言う事は控える。葵は一段一段、長い足をゆっくりと階段に降ろしながら続けた。


「各学年にセッターが一人ずついるからね。なにもあの桧山先輩に無理に従ってまで何かをしないといけないことはないのよ」

 葵は指を組み合わせ、うーんと、天井に向かって伸びをした。


「二年生は多少困ってるみたいだけど、一年生と三年生はそれぞれセッターがいるから、曖昧に流しながら付き合ってる感じ」


 私は頷きながら聞いている。

 中学時代とは、桧山先輩も状況が違うらしい。だからこそ、アレだけ嫌っていた私まで引き込もうとしていたのだろう。


「剣道部の先輩、頼りになるね。ちょっと見直しちゃった」

 葵がくすり、と笑う。私は胸を張って葵を見た。


「そうよ。うちの先輩たち、凄いんだから」

「もう、バレーには未練はない?」

 くの字に曲がっている階段を下りていきながら葵は言う。


「……そうだね」

 私は答える。

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