初めての試合8 お前、変わってるな

「了解です」

 おどけて敬礼をすると、椿つばき先輩もかしこまって返礼をしてくれた。私は笑って、桜宮さくみや先輩の後を追って廊下に出る。


 この、体育館に入館するまでの話だ。


 開館時間20分前に来たら、すでに観覧席の確保のための列で体育館正面玄関前はごった替えしていた。

 おまけに、蘇芳すおう先輩のスマホに銀杏いちょう先輩からの、『遅れます』という連絡が入っていて、先輩方三人はそろってため息をついていたところだった。


『バレーの試合前も、こんな感じ?』

 うんざりした顔で人ごみを眺めていた桜宮先輩に尋ねられ、『こんなもんです』と答えた時、どん、と肩を誰かに押されてよろめいた。


 とっさに蘇芳先輩が腕を伸ばして支えてくれたものの、驚いた私の耳に聞えたのは、「カシャ」っというシャッター音だった。


 蘇芳先輩の腕にとりすがって振り返ると、見たことのない男が立っている。


 ジャージか剣道着で溢れている体育館前で、その男の私服だけがやけに浮いて見えたのは確かだ。


 男はスマホのカメラを桜宮先輩に向け、まだしつこくシャッターボタンを押している。


 蘇芳先輩は私を抱えていない方の手で、動けない桜宮先輩の腕を掴んで自分の背後に隠した。


 ここで初めて。

 あの男は桜宮先輩の隣にいる私が邪魔で、私を押しのけ、先輩を単体で写真に収めようとしたのだと気づく。


『ちょっと』

 椿つばき先輩が男に歩み寄る。


 咄嗟に男は背を向けて、走り出した。

 椿先輩は、持っていた荷物を放り出してその後を追う。蘇芳先輩も躊躇したようだけど、私たちの側にいた方が良いと判断したようだ。心配げな瞳だけ椿先輩に向けている。


 男は、意外にもあっさり椿先輩に腕を掴まれて立ち止まらされていた。


 運動能力はそれほどなかったらしい。

 人ごみから離れたところで、椿先輩に何事か言われている。首を振ってスマホを背後に隠したものの、遠目でもわかるぐらいの怒りに満ちた目で椿先輩に睨まれ、しぶしぶ差出したようだ。

 椿先輩はそのスマホを受け取って何事か操作すると、突き出すようにして男に返し、戻ってきた。男は不満そうにその椿先輩の背中を睨みつけていたけど、蘇芳先輩の視線に気づき、顔を背けて走って何処かに行ってしまった。


『写真は消去してきた』

 できるだけ、さらりと椿先輩はそう言う。『ありがとう』。いつもとは違う、弱気な声で桜宮先輩は言い、私を見て、『ごめんね』とも言った。


『うちの教室の先生が、会場準備で体育館の中にいるはずだから、桜宮だけ入れてもらってくる』

 椿先輩の提案に、蘇芳先輩は頷き、どこかうなだれた様子の桜宮先輩を連れて、職員通用口の方に向かった。


『桜宮が前に通っていた私立の中学で、あいつ、モデルをやったんだ』

 ぼそり、と蘇芳先輩が口にした。


『モデル?』

 オウム返しに尋ねると、学校案内に使うパンフレットやホームページに、モデルとして起用されたのだそうだ。


『いろいろあって、妙なコラ画が出回って……。今はもう取り下げてるんだが……。ああやってしつこく知らない男に写真を撮られたりしてる』


 ふと、新入部員勧誘の時を思い出す。

 あの時も、桜宮先輩は見知らぬ人からカメラを向けられていた。


『その……。気を、悪くしないでやってくれ』

 蘇芳先輩が困ったように、私を見おろして言う。


『何を、ですか?』

 尋ね返すと、蘇芳先輩はさらに顔をしかめる。言い難そうに何度か口を開閉したものの、言葉を選びながら私に言った。


『桜宮の隣にいると、どうしても……。比較されるというか。いや、桃山が劣っているとかそういうことではないんだけど……。さっきみたいに、押しのけられて桜宮だけを写真に撮ろうとしたり……』


『桜宮先輩、綺麗だから仕方ないですよ』


 私はため息を吐く。

 いつも見られている、という感覚はどんなものだろう。

 勝手に写真を撮られたり、それをどんな風に使われるのか、など考えだしたら不安で仕方ないかもしれない。


『私なんて、想像もつかない気苦労があるんでしょうしね……』

『……お前、変わってるな』

 驚いたように蘇芳先輩に言われ、私はむっとする。剣道部の先輩に『変わっている』とは言われたくない。


『何がですか』

 問いかけると、蘇芳先輩は目を瞬かせた。


『桜宮の周りの女子は比較されるのが嫌で、寄ってこないし……。挙句の果てに、誹謗中傷の噂まで流すもんだから、あいつの周りに人が全然近づかないんだ』


『女子ってそうですよ』

 私は腕を組んで頷く。


 県代表で選ばれた時に、大変な目に遭ったことを思い出した。

 いらぬやっかみは買うし、県代表の中でもレギュラー争いがあるから、様々なプレッシャーをかけてくる奴が出てくる。


 私はリベロだからまだよかったけれど。

 セッターなど大変だ。

 ポジション争いがある上に、スパイカーから「なんで私にトスをあげないの」と食って掛かられる。「あの子より、私の方が決められたのに」と。それをうまくなだめ、満遍まんべんなく持ち上げつつ、八方美人でやっていくのだから……。つくづく、セッターってコミュ力が必要だなぁ、と思う。


 私は何度も頷きつつ、蘇芳先輩に言った。


『女子って、暗黙の了解があったり、大勢で少数を攻撃したりするところがあるから、面倒臭いんですよ。私は、本当に好きな子数人としか関わりません』


『お前も女子だろ』

 蘇芳先輩が噴き出す。


 その笑顔が。

 存外可愛らしくて。


 今まで、しかめっ面や仏頂面が多かった蘇芳先輩が、こうやって私に見せる笑顔に。


 不覚にも。

 胸がどきり、とした。


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