初めての試合7 なぜそうなった

「さっき、私だけ教えたいって言ってましたよね……」

 壁際に沿って、人ごみを縫うようにして歩く。まだ、コートでは次鋒じほうが試合をしていた。観客が結構多く、私たちは「すいません」を何度か繰り返して歩く。


「私、目立つほど下手だったんでしょうか」


 蘇芳すおう先輩が答えてくれないので、その背中にもう一度声をかける。

 口にしてから、がっかり感がさらに増した。そんな目を引く下手くそが、人数合わせとはいえ、よくも試合に出たものだ。


 ふと、さっきの無様な試合が脳内リプレイされ、私はぐるぐると首を横に振る。


「そういう意味じゃないと思う」

 ぼそり、と蘇芳先輩が前を向いたまま呟く。


「じゃあ、どういう意味ですか?」

 首を傾げてそう言うと、蘇芳先輩が振り向き、断言する。


「言いたくない」


 なにそれ。

 私はきょとんと、まばたきしたけれど、蘇芳先輩はそれ以上語るつもりはないらしい。また前を向き、足音荒く歩いている。


「長かったねぇ」

 試合会場フロアの出入り口に立っていた椿つばき先輩が、近寄ってきた私たちに声をかける。ここまで来て、ようやく蘇芳先輩は私の肘から手を離してくれた。


葛葉くずはさん、なんて?」

 桜宮さくみや先輩が眉をしかめて、私に尋ねる。


「今度、高校に剣道を教えに来て下さるそうです」

「なんで?! 桃ちゃんが頼んだの?」

 桜宮先輩が素っ頓狂な声を上げるので、首を横に振る。


「私が多分、へただから……」

 口ごもりながら答えると、先輩たちが顔を見合わせる。


「違うでしょう」「違うよね」「違う」「ああ、もうやだやだ」

 口々に言っては、微妙な顔つきだ。


銀杏いちょう先輩。葛葉さんの申し出を断ってください」

 蘇芳先輩が場を代表する形で言い切る。


「全力で断るから安心しろ」

 珍しく銀杏先輩が力強く断言した。


「面倒だなぁ、もう。ああ、やだやだ」

 髪をかきむしって、まだぼやく。隣で蘇芳先輩が大きく息をついていた。なんだろう。教えてもらうのに、お金とかいるのかな。


「ねぇ、次の試合までまだ時間あるよね」

 桜宮先輩が不意に隣に立っている椿先輩を見上げて尋ねた。


「まだ、余裕ある」

 そう答えるのを聞いて、私を見た。


「袴を穿きなおしたいの。トイレ行かない?」

 桜宮先輩が済まなそうに眼を細める。「いいですよ」。私が頷くと、蘇芳先輩も、

「俺、地元の剣道教室の小学生がそろそろ団体戦に出るから、ちょっと覗いてきます」と、銀杏先輩に言っているのが見えた。


「じゃあ、試合開始前には、ここで集合」

 銀杏先輩は自分の足元を指さし、ぼう、っと目の前の会場を眺めている。多分、本人はそこから動く気はないらしい。


「じゃあ」

 桜宮先輩に促され、私は頷く。蘇芳先輩は早速、小学生の試合コートへ移動して行った。


「桃ちゃん」

 先に廊下に出た桜宮先輩を追おうとしたら、椿先輩に呼び止められる。


「はい」

 振り返ると、椿先輩は少し眉根を寄せた。


「何かあったら、すぐ呼んで。僕はここにいるから」

 そう言われ、すぐに今朝のことを思い出した。

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