初めての試合6 私、そんなに下手くそですか(涙)

「そのまま、お相手のところに挨拶に行きましょう」

 桜宮さくみや先輩に言われ、訳が分からないまま頷く。


 とろとろした足取りの銀杏いちょう先輩を先頭に歩く。試合会場の壁伝いに鈴懸すずかけBチームが集まっているところまで進んだ。


 鈴懸Bチームは竹刀や面を手に持って、次のチームに場所を譲りながら、集まって談笑をしている最中のようだ。


「どうも、ありがとうございました」

 先輩方は、それぞれ自分のお相手のところに行って、正座する。お相手のパパさん剣士やママさん剣士は、笑いながら正座してそれに応じてくれていた。


 なるほど。ああするのか。


 私は首を廻らせ、葛葉くずはさんを探す。皆がすでに正座して向かい合い、感想を言い合っているお蔭で、その巨体と坊主頭は、案外簡単に発見できた。


「ありがとうございました」

 見よう見まねで葛葉さんの前で正座し、ぺこりと頭を下げてみる。


「こちらこそ」

 葛葉さんも無駄のない動きで私に向き合って正座し、頭を下げてくれた。


「あの、立会いの胴。君のアイデア?」

 そう尋ねられ、私は苦笑する。


椿つばき先輩です」

「なんだ、そうか」

 葛葉さんは、大きく口を開けて笑った。


 不思議と。

 試合中は怖くて見られなかったのに、今なら自然に向き合える。


「ようやく目が合ったね」

 言われて、私は首まで真っ赤になった。


「すいません。怖くて……」

 うつむいてそう言うと、笑い声が頭の上を過ぎて行った。


「相手の目を見ないと、動きが判らないよ」

「目?」

 顔を上げて尋ねる。


「バレーもそうなんじゃないのか? 君、リベロなら、スパイカーがどっちの方向に打つか、どうやって判断する?」

 問われて、思わず、ああ、と声を上げた。


「目線と、手首の返しと……」

 もちろん、フェイントもあるが、ある程度の予測は視線や手首と体幹でつけることができる。


「同じだよ。下の方を見てたら、小手か胴を狙ってるのかな、って思うし、上ばっかり見てたら面かな、ってね」

 私は納得しながら、何度も頷いた。


「桃山は、どこかの剣道教室か道場に所属しないの?」

 目元に笑みを漂わせたまま葛葉さんが尋ねてくる。私は口をへの字に曲げた。


「桜宮先輩からも、どっかに所属した方が良いよ、って言われてるんですけど……」


「鈴懸に来いよ。俺が教えてあげるからさ」

 思いがけない提案に、目を丸くする。


「住んでるところ、どこ? 鈴懸うちの道場の場所を教えるよ」

 いえ、あの。と口ごもっていたら、葛葉さんは手を伸ばして防具入れからスマホを取り出した。


「line交換しようよ」

 少し首を傾げるようにしてそう言われ、私は首を横に振った。


「スマホ、持ってないんです」

「マジで」

 真顔で驚かれた。


「断る口実じゃなく?」

 私は苦笑する。


「両親が、学生のうちは必要ない、って」


 なので、学校の連絡網も、親のメールアドレスが登録されている。友達は「不便でしょ」と憐れんだ顔で言ってくれるけど、既読だの返信だのに追われる煩わしさからは解放されている。「読んだよ」、「わかったよ」じゃ済まない。延々と続くlineのやりとりは、見ているだけでうんざりだ。あんな時間が合ったら、寝てる方が良い。


 いまのところ、スマホを持たない理由は『親の理不尽な考え』だと友達は思ってくれているので、同情されこそすれ、悪意のあるようなことを言われたことは無かった。


「また道場にお世話になるようなことがあれば、銀杏いちょう先輩を通してお願いします」

 私がぺこりと再度頭を下げ、立ち上がった時だ。


「じゃあ、高校の方にお邪魔して教えてあげるよ」

 葛葉さんがそんなことを言いだしたから、目を丸くする。


「だって、葛葉さん。下宿なんでしょ?」

「月数回は地元に帰って来るから。その時、高校の部活をのぞいて教えてあげる」

 ゴールデンレトリバーのような人懐っこい笑みを見ていたら……。


 ものすごい不安が込み上げてきた。

 え。そんなに気になるって、これ……。


「……私、そんなにへたくそですか」

 何気に傷つき、眉尻を下げてそう言う。


 わざわざ遠方から帰って来てまで教えてやらなければならないほど、私の剣道は「恥ずかしいレベル」なんだろうか。


 ここで放っておいたら、この子は恥をかく、的な……。


 それなのに、私、そんな自覚もないまま、あんなみんなの目の前で試合をして……。


 ああ、死にたい……。


「違う違う」

 葛葉さんはぎょっとしたように首を横に振る。いいんです。きっと、そういうことなんですよね……。


「来て下さるんなら光栄です」

 ふと、背後から低音の声が聞こえ、振り返ると蘇芳すおう先輩がいた。


「是非、ご指導をよろしくお願いします」

 じっとりとした視線で葛葉さんを見おろし、蘇芳先輩がそう言う。


「お前らは俺の指導、いらないだろ。俺は彼女だけ教えてやりたいんだけど」

 しかめっ面で葛葉さんが言い、蘇芳先輩は片頬だけ釣り上げるようにして笑う。


「桃山を含めて、全員の指導をお願いします」


 言うなり、私の肘を掴むと、ずんずんと会場出口の方に進んでいく。


 顔を前に向けると、もう先輩方は出口付近に移動して一塊になっていた。

 ずっと話し込んでいたのは私だけだったらしい。

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