初めての試合5 試合終了

「……来ますかね」

 私は呟く。さっきのあの自分の試合。思い出すだけで、のたうちまわってわめきそうなぐらい無様だ。


「来る。剣道を続けていれば、絶対にいつか勝つ」

 不意に、椿先輩の向こうから蘇芳すおう先輩が声をかけてきてくれた。


「それに、俺たちが桃山に任せたのは、『先鋒せんぽう』の役割だ」

 顔を上げると、まだ面を被っていない先輩が真っ直ぐに私を見ている。


「桃山は、最後まで勝ちに行こうとした。一本取られても、押し出されても、試合を放棄せず、勝負に食らいついた」

 蘇芳先輩は、わずかに口角を上げて私に言った。


「先鋒に求められるのは、そんな負けん気だ。お前はよくやった」


「今日の桃ちゃんは立派だよ。ちゃんと役割を果たしてくれた」

 椿先輩にもそう言われ、なんだか涙が滲みそうになったとき、会場が再び拍手に包まれる。


「面アリ!」

 またも旗は白だ。


「ようし。二本勝ち!」

 椿つばき先輩は籠手こてを嵌めると、ボクサーのように拳を打ち当てた。竹刀を握り、すっくと立ちあがった。


「団体戦はね、誰かが負けても、挽回ができるんだ。先輩らしいところ、見せてあげるよ」

 面金めんがね越しに片眼をつむり、椿先輩はコートに入る。じわり、と胸に広がったのは、深い安心感だった。


――― 負けたけど、私はここにいていいんだ……。


 やっぱり涙が浮かびそうになり、私は目がしらに力を入れる。情けない。泣くな、私。

 コートから戻ってきた桜宮さくみや先輩に、私は鼻をぐすりと鳴らして、いっぱい拍手を送る。


「先輩、すごい!」

 椿先輩が座っていたところに正座し、面を外した桜宮先輩は、満面の笑みを向けてくれた。


「桃ちゃんもすごいよ。よくやった」

 桜宮先輩は脱いだ籠手の上に面を置き、私の頭をくしゃくしゃに撫でる。気分はワンコだった。存外気持ちいい。


「逃げなかったじゃない。椿なんて、小1の時、脱走したのよ、試合会場から」

 まるで小さい子が大人に言いつける口調だったせいで、私は噴き出す。ついでに、涙も消えた。その私を不思議そうに見ている桜宮先輩に、蘇芳先輩が、

「さっき、自分で暴露してたぞ、椿」

 と声を掛けて面をつけ始めている。


 同時に。


「面アリ!」

 主審の声と同時に白旗が三本あがる。


「合い面で取ったわね」

 桜宮先輩が拍手しながらそう言った。「早くなりそうだな」。蘇芳先輩はそう言って、手早く面をつける。


「決めて来いよ。僕まで回してもらったら困る」

 うんざりしたような銀杏いちょう先輩の声に、椿先輩はおざなりな返事をして立ち上がった。


「二本目、はじめ!」

 主審の声にコートに目をやると、椿先輩とお相手が、同時に面を打つところだった。


 思わず審判三人の旗を見る。

 主審が白、副審の一人が白で、もう一人が赤だ。


「面アリ!」

「よし、取った!」

 桜宮先輩が声を上げて拍手をする。私も壊れたように手を打ち鳴らした。これで、二対一だ。


「蘇芳が勝てば、二回戦進出ね」

 桜宮先輩が息を弾ませる。


「……もし、負けたらどうなるんですか?」

 思わず尋ねると、桜宮先輩は視線を宙にさまよわせた。


「銀杏先輩は、勝たないけど、負けないのよ。だから、引き分けで本数争いになる」

 勝たないけど負けない? その表現に首を傾げたものの、桜宮先輩にはもう一つの疑問の方を尋ねた。


「本数争い?」

「今のところ、私と椿が二本ずつだから、四本でしょ。お相手は葛葉くずはさんの二本しかないから、なんとか勝てそうかな」


 そうか。

 同じ負けでも、一本取られるのと二本取られるのでは大違いなのか。

 うわ……。私、二本も取られちゃった……。

 なんだか更に落ち込みかけた時、桜宮先輩が拍手を鳴らす。


「胴アリ!」

 旗は綺麗に白3本が上がっている。


「蘇芳も調子いいじゃん」

 戻ってきた椿先輩が、桜宮先輩の隣に座りながらそう言う。


「ま。これで二回戦まで進めたな」

 やれやれとばかりに銀杏先輩が言い、二人の先輩は冷ややかにその様子を眺めていた。


 結局。

 蘇芳先輩はその後、小手を取って二本勝ちし、その後の大将である銀杏先輩は、引き分けで終わった。


 桜宮先輩の言う、『銀杏先輩は、勝たないけど、負けない』というのは、引き分けを指しているらしい。


 椿先輩が教えてくれたところによると、銀杏先輩はどんなに強い相手だろうが、どんなに初心者であろうが、試合では『引き分ける』のだそうな。初心者はともかく、強いお相手は、銀杏先輩が苦手らしい。『何故、一本取れないんだ』と、試合終了後、いつも首を傾げているそうだ。


「立って、あいさつに行くわよ」


 銀杏先輩の試合が終了したと同時に桜宮先輩が声を掛けてくれる。私は防具を置いて立ち上がり、試合開始の位置に並んだ。


 お相手さんも横一列に並ぶのを確認すると、銀杏先輩が「礼っ」と声を上げる。


「ありがとうございましたっ」

 互いに声を揃えてそう言うと、なんだか温かく感じる拍手が会場を包む。横一列になったまま後ろ向きにコートから出ると、入れ替わりに次のチームが入ってきた。


 初めての試合が、終わった。

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