初めての試合4 はじめっ!

 先輩方は素早く反応し、私たちはコートの線に従って横一列に並ぶ。


 私は先鋒だから、審判に一番近い位置だ。


 ばくばくと血流を流し始めた心臓を抱え、前を向いた。

 鈴懸すずかけBチームもすでに並んでいる。目の前にはあの大きな葛葉くずは先輩が面をつけて竹刀を持ち、立っていた。


 どうやら、私を直視しているらしいと気づく。

 対して私は、というと。


 こと、ここに至ってもまだ直視できない。


 バレーボールの時はこうではなかった。

 向こうのエースの調子を見るために、結構じろじろ相手チームを観察していた覚えがある。


 だけど。


 怖い。とにかく、怖い。


 思わず目をそらすと、先輩たちが足をそろえてコートの中に数歩入る。私も慌てて横一列に整列した。


 どうしよう。


 私また。


 私、また……。また、負けて。

 みんなに迷惑をかけるんじゃあ……。


 そう思っただけで、耳鳴りがしそうなほど心臓が鳴る。


 きぃん、とハウリングの音が響いて、私は上座にある放送席を見た。

 審判長がマイクを持って立っている。


「正面に対して、礼」

 コート上のすべての人が、上座に向かって礼をする。私も慌てて頭を下げると、一斉に会場中から拍手が沸き起こる。


「よぉし!」

 銀杏いちょう先輩が気炎を吐き、三人の先輩たちが口々に「おう」だの「ああ」だの「よぅし」だの言っている。


 こういうのって、言葉を合わせないんだろうか。

 少なくとも、中学のバレーチームはそうだった。


 そう思っていたら、鈴懸Bチームの方からは、「鈴懸ぇぇぇっ」「ようしっ」と、揃った声が聞こえてくる。


 だよね……。

 うちはもう、これでいいのかな、と先輩たちを見ると。


 私を残してコートの外に出て行く。


 え、と戸惑った。

 バレーボールの時は、当然だが、自分のポジションに移動するだけだ。


 皆、同じコートにいる。


 だけど。

 剣道は違う。


「頑張れ」

 椿つばき先輩がぼすり、と私の胴の前を籠手で叩き、桜宮さくみや先輩は、「転んじゃダメよ」と気遣わしげな瞳を面金越しに向けてくる。

 蘇芳すおう先輩は小さくガッツポーズをして私の脇を抜けていき、銀杏先輩は欠伸をしていた。


 私は息を吐き、前を向く。

 葛葉さんがぴしり、と背筋を伸ばして立っていた。


 私も背を伸ばし、姿勢を正す。


 葛葉さんが礼をする気配を見せたので、私も合わせて礼をした。上半身を起こし、持った竹刀を腰まで上げて、三歩で開始線に近づき、蹲踞そんきょする。


 向かい合ってみて、改めて思うのは、「大きさ」だ。


 もう、心臓が口から出そうだ。

 緊張というより、「怖い」が本音だ。どくどくとこめかみで血流が脈打つ。


 団体戦とはいえ、このコートにいるのはなんだ、と改めて思い知らされた。


 バレーボールでは。

 コートの中にいるのは全員仲間だ。


 ネットを挟み、敵がいる。明確に区切られた場所で、敵と味方に別れて争っていた。


 だけど。

 剣道は違う。


 このコートの中には、

 敵と私が同時に入る。


 すぐ目の前に、敵がいる。


 逃げるな逃げるな逃げるな。


 そう思いながらも、葛葉さんの顔は真っ向から見れなかった。目が怖い。面金からこちらを見ている目を正視できない。


「はじめっ」

 主審の声に弾かれるように立ち上がった。

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