初めての試合3 白の襷

 開会式は、教室ごとや学校ごとに縦に並ぶのだけど、その年齢幅に少し驚く。

 小さな子は幼稚園ぐらいから、大人はそれこそ八〇代ではないか、と思う人まで剣道着を着て並んでいる。


 バレーボールもなかなか年齢層の幅広い競技ではあるけれど、剣道もすごいな、と感動した。


 会長の挨拶は、挨拶と言うより訓示に近い。

 どこの世界もお偉いがたの話は長いらしい。その後のルール説明だけは気合を入れて聞き取り、「試合は一〇分後から開始します」という言葉を最後に、開会式は終了した。


「一回戦目だから、すぐコート移動しよう」

 銀杏いちょう先輩は欠伸をかみ殺しながら、私たちに言う。


 一斉に人が動き出したせいで、ともすれば銀杏先輩の声は消えそうだ。

 先輩方は互いにばらばらな返事を口にすると、会場の壁際に固めておいていた防具の方に歩いて行く。私は人の波に逆らいながら、その後を着いて歩いた。 

 今からの試合を考え、知らずにため息が出る。


「僕がよく使うんだけど」

 椿つばき先輩の声に顔を上げる。椿先輩は私を見て、にこりと笑っていた。


「立会いと同時に、胴を打つんだ。そしたら、相手は警戒し始めるから、様子見のためになかなか打ってこなくなる」


 アドバイスをくれてるんだと思い、私は頷いた。

 なるほど。立会いは面が多い。面を打つと思ったところで、胴を打つんだから、相手は警戒するだろう。


「でもそれって、同時に面を打たれたらこっちが負けるのよね」

 桜宮さくみや先輩が苦笑する。折角納得しかけたのに……。私はまたがっかりした。


「しっかり構えて面が振れていれば、合い面では負けない」

 蘇芳すおう先輩が私にそう教えてくれる。


「きちんと竹刀が上がり、握り方もしっかりしていたら、自分の面の打突部位を防ぐ形になっているんだ。相手から一本は取れないかもしれないけど、向こうも一本は取れない」

 私は頷き、何も持っていない両手で素振りを何度かしてみた。落ち着けー。私、落ち着けー。


「もう少し拳を上まで上げろ」

 蘇芳先輩に言われ、微調整をする。


「桃ちゃんが負けても、三人で勝負決めるからね」

 桜宮先輩に言われて、私は目を瞬かせる。


「銀杏先輩は?」

「当てにならないから、数に入れていない」

 断言する彼女の姿に、私は思わず噴出した。


「さぁ、頑張っていこう」

 そんな私の背中を、椿先輩はばちり、と叩いた。私は頷く。


「先鋒と次鋒は面をつけて」

 蘇芳先輩に言われて私は慌てて防具の前に座った。隣に座る桜宮先輩も手早く面タオルを頭に巻く。


「背中にたすきつけるね」

 面タオルを巻き終え、面を両手で持ち上げた時に、椿先輩に声をかけられた。


 わずかに振り返ると、椿先輩が背中に回した胴紐のところに白い襷を結び付けてくれていた。その隣りでは、蘇芳先輩が桜宮先輩につけている。


 剣道の試合では、「赤」、「白」に色分けされる。

 審判も赤白の旗を持っていて、技が決まれば、そのチームの旗を上げる。

 コートにいるのは、三人の審判だ。主審ひとり、副審ふたり。

 判断が割れた時は、多数決であったり、「合議」と言って、話し合いが始まる。技が決まって副審二人が旗を上げても、「無効」と主審が判断した場合は、旗を横に振り、「取り消し」が決定される。


「白ですか?」

 面を被り、面紐を絞りながら私は椿先輩に尋ねる。ちらりと見えた蘇芳先輩と椿先輩の背中にはもう襷がついていた。どうやら、銀杏先輩がつけてくれたらしい。


「そう。源氏の白旗。縁起良いね」

 椿先輩はにっこり笑う。私は少し固いな、と思いながらも笑みを返して、竹刀を持って立ち上がる。同時に隣りで桜宮先輩も立ち上がった。


「移動だぁ」

 銀杏先輩が気のない声を上げ、私たちは第一試合のコートへ移動する。


 第一試合会場では小学校低学年と、中学生が。

 第二試合会場では小学校高学年が。

 そして、第三試合会場で、私たちの高校生から一般成人の部が実施される。


 小学生たちはいずれもすでにコートで準備をしており、五人がぞろりと横一列に並んでいた。みんな、随分と小さく見えるのに、それでも使い込んだ防具の感じに堂々とした自信が見て取れる。


 自信がないのは私だけかぁ。


 そんなことを思いながら、第三試合会場に向かった。


「第一試合目だから、最初に上座に向かって礼をしてから行うからね」

 桜宮先輩が面越しに私を見て教えてくれた。私は頷き、コートを見る。


「なんか……。人が多いですね」

 第三試合会場のコート周りに、防具をつけた小学生から大人までの雑多な人の群れが見える。


「ああ。それぞれの教室の応援」

 桜宮先輩はくすり、と笑う。


「私たち、教室や出身道場がバラバラだから。それぞれの教室が応援に来てくれたらいっつもあんな感じ」

 コートに近づくと、小学生らしい子供たちが一斉に蘇芳先輩の側に群がった。


「がんばれよ! 応援してやるからな」

「勝てよ!」

 随分とえらそうな応援だけれど、皆顔はにこにこしていた。蘇芳先輩は顔をしかめながら、「はいはい」とぞんざいに返事をしている。


 その姿を見て、妙に納得した。

 蘇芳先輩の教え方上手は、ここに由来するのだ。


 家の近くの剣道場に在籍していると聞いたことがある。そこで、自分も稽古をしながら、小学生の指導を手伝っているのだ、と。


 子どもたちが蘇芳先輩に物おじせずに話しかけていたり、荒っぽく甘えつく様子を見ていたら、普段のかかわりの一端が見えたような気がした。


 私と同じように、小学生の子どもたちも、蘇芳先輩を頼りにしているのだ、と。


 そう思ったら。

 不思議と、少し悲しくなる。

 なぁんだ、と。

 私は蘇芳先輩にとって、小学生と同じ扱いなのか、と。


 漠然とそんなことを考えていることに気づき、私は首を振った。

 試合! 集中!


 ふと隣を見ると、椿先輩は大人に囲まれている。剣道教室の保護者や剣士たちのようだ。近況報告を短くかわしたり、なれた感じで挨拶をしたりしている。


 対して、桜宮先輩の周りに集まっているのは、中学生らしい女子ばかりだ。顔を近づけては何か言い合い、笑いあっている。普段、剣道部員以外とあまりかかわらない桜宮先輩の嬉しそうな顔が見られてほっとする。


 ぽつり、といるのは私と銀杏先輩ぐらいだ。

 ん、と、首を傾げる。

 ……私は、どこかの道場や教室に在籍しているわけじゃないから一人でもおかしくはないのだけど、銀杏先輩に誰も応援がつかないのはなぜだろう。

 私が訝しげに、大あくびをしている銀杏先輩の横顔を見ていたときだ。


「ねぇねぇ」

 籠手を嵌めた手を、引っ張られ、私は視線を移動させる。


 そこにいたのは、小学校高学年ぐらいの男の子二人だ。

 色あせた紺色の道着を着ていて、れネームに書かれている道場名は、蘇芳先輩にまとわりついている子供たちと同じものだった。苗字が違うということは兄弟ではないようだけど、どことなく悪戯坊主のように見える所が二人とも良く似ている。


「なぁに?」

 まだ私の肩にも満たない身長の子達だ。腰を屈めて尋ねると、男の子たちは顔を見合わせ、にまりと笑った。


「お姉さん、蘇芳のカノジョ?」


「ちがーう!」

 すぐ近くから蘇芳先輩の珍しい大声が聞こえてきた。子ども達が言った内容よりも、その蘇芳先輩の大声にびっくりする。


「怪しいな」

「あの焦り方はな」

 男の子二人はにまにま笑いながらそんなことを言っている。


修士しゅうじ! 来音らいおん! こっち来いっ」

 蘇芳先輩が怒鳴るけれど、二人は動く気配すらない。私の顔を見上げ、「カノジョでしょ」「そうなんでしょ」と繰り返し聞いてくる。


「お前らはっ」

 とうとう、蘇芳先輩が低学年らしいこども達を腰にぶら下げたままやって来て、二人の首根っこを捕まえた。


「躾ができてなくて申し訳ない」

 蘇芳先輩はそれだけ言うと、ぎゃあぎゃあ言う修士君と来音君を引きずって壁際にまで移動している。


「人気もんだな、あいつ」

 隣りで銀杏先輩がぼそりと言い、私は笑いながら頷いた。


「お。審判来た。並ぶぞ」

 銀杏先輩が大きめの声を上げる。

 私の心臓は、ばくり、と大きく跳ねた。

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