初めての試合2 初めてのお相手

「お久しぶりです」

 そう言う蘇芳すおう先輩に、葛葉くずはさんは鷹揚に挨拶を返す。


「ああ……。葛葉さん、ってあの葛葉さんですか」

 驚いたように桜宮さくみや先輩は葛葉さんの袴を指さした。


 袴には、腰の辺りに、小さく刺繍で名前が記されていることが多い。

 私だって、『桃山芽衣』と入れてもらっている。


 また『道場名』『高校名』を併記していて、一目で、「どこの所属か」がわかるようになっていたりもするんだけど……。


 他にも、いろんなことを『記念』で、刺繍する場合もあって……。


 私は、葛葉さん、とやらの袴から目が離せない。

 頭から血が引く音を聞いた。


「『全国大会出場記念』って書いてあるじゃないですか……っ」

 つかんでいる桜宮先輩の腕を揺さぶり、私は呻いた。


「……あの袴、お古かもよ? あるのよ、そういうこと」

 真面目な顔で桜宮先輩は言い、「嘘だっ」と反射的に言ってしまった。だって、さっき、『あの葛葉さんですか』って、桜宮先輩言ったじゃないっ。馬鹿ぁ!


「桃ちゃん、葛葉さんに当たるの?」

 目を見開いて椿つばき先輩は言い、葛葉さんを見た。


「葛葉さんが先鋒ですか? 大将じゃなく?」

「ママさんとパパさんの混合チームでね。大将は、パパさん剣士。人が足りないからって、連絡来てさ。今朝、下宿先から飛んできたとこ」


「スポーツ進学ですか?」

 蘇芳すおう先輩が尋ねると、葛葉さんは頷いて、私も知っている有名スポーツ私立大学の名前を上げた。


「桃ちゃんも全国大会に出てるじゃない、中学校の時に。大丈夫!」

 桜宮先輩の声に、葛葉さんは「そうなんだ」と、陽気な声で言うものだから、私は慌てて首を横に振る。


「剣道じゃありません。バレーボールですっ!」

「バレーボールからの転向? 珍しいね」

 葛葉さんはそう言って、いきなり私に向かって手を伸ばした。


「背も、ちっちゃいのに」

 そう言って、ぽすぽすと頭を軽く叩かれる。


 腰をかがまれ、目を覗き込んでくるので、反応に困っていたら、ぐい、と肘を掴まれて後ろに引かれた。よろけそうになってたたらを踏むと、ぼすり、と背中に胴の固い感覚がある。

 首を捩じって見上げると、蘇芳先輩が私の腕を掴んで立っていた。


「リベロだったそうですよ」

 蘇芳先輩は私を見ずに、ぼそりと葛葉さんに答えていた。


「そうなんだ。まぁ。お手柔らかに」

 葛葉さんは私にそう言うと、銀杏いちょう先輩に顔を向けた。


「可愛い子入って良かったな。これで廃部は無いんだろ?」

「まぁ。僕の人徳のお蔭ですかね」

 しれっと銀杏先輩はそんなことを言い、先輩方三人に冷たく睨まれている。


「お前、道場の方にたまには顔を出せよ」

 銀杏先輩にそう声をかけて、葛葉さんは鈴懸Bチームのメンバーの方に戻って行った。


「葛葉さん以外のメンバーは、そうでもなさそうだな。こりゃ、一回戦は頂いた」

 銀杏先輩の言葉に、私はがっくりと肩を落とす。


 よりによって私だけ、あんな鬼みたいな人にあたるなんて……。


「吹き飛ばされないようにだけ、注意しなよ」

 椿先輩が恐ろしいことを言う。


「なんですって?!」

 思わず聞き返すと、椿先輩は肩を竦めた。


「コートの端っこに追いやられて、場外じょうがいに出すためにわざと、どん、っと強く押したりする人いるから」


「二回場外で、自動的に一本だからなぁ」

 銀杏先輩が呑気な声を上げる。


鈴懸すずかけは昔から、荒っぽくはなかったでしょ」

 桜宮先輩は眉を潜めて椿先輩と銀杏先輩を見上げる。不安になるようなことは言うな、とその目は無言で訴えていた。


「そりゃ、葛葉さんは別だよ。あの人、中学の時に、相手さんを転がして、肋骨折ったぞ」

 銀杏先輩が、平気でそんなことを言うものだから、眩暈がした。肋骨……。肋骨折る……。

 

「怖がるな。大丈夫だ。コートの中央で試合していれば問題ない」

 蘇芳先輩が声をかけてくれるけど……。


 他の先輩方は微妙な笑みを浮かべていた。


 私はその、何とも言い難い笑みが頭から離れず、その後の開会式もなんだかもやもやした気持ちで参加していた。


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