仮入部5 よろしくお願いします

「私、そんなこと誰にも、一言も……」


「悪い。俺なんだ」

 蘇芳すおう先輩の低い声が私の声を遮る。視線を先輩の方に向けると、蘇芳先輩は口をへの字に曲げて私を見降ろしていた。


「俺が男バレの練習の手伝いに行ってる時に、女バレがそう言ってたのを聞いたんだ」

 そう言われ、私は蘇芳先輩が、『大きいボールの競技』の助っ人としていろんな部に顔を出していることを思い出した。


 勧誘の時は、バスケット部とサッカー部が声を掛けていたが、そういえばバレーだって『大きいボールの競技』だ。


「桃ちゃん、全国大会にも出て、県代表の選手だったんだって? 」

 椿つばき先輩がそっと尋ねる。私は戸惑いながら頷いた。


「ええ。中学校の時に。リベロで」

「一年生にもう一人、県代表だった子がいるんだろう? その子と二人で入部してくれたら、うちは強くなる、って女子バレー部盛り上がってるんだよ。だけど、仮入部期間に桃ちゃんは全然来なくて、剣道部に行ってるし……」


「うちの子だから、って私も説明したんだけど」

 桜宮さくみや先輩と椿先輩は顔を見合わせて、そろって蘇芳先輩を見た。蘇芳先輩の顔はさらに歪む。


「いや、だって。女バレの二年が、『桃山はうちに絶対入る。説得できる』って言ってたから」

 それを聞き、思い当たったのは、あおいだ。さっきのあの、しつこい勧誘。


「女バレ、なんか秘策でもあるのかと思って……」

 椿先輩が、眉を下げて情けない顔で言う。その隣で、桜宮先輩がしおらしく続けた。


「尾行して、探ろうか、って。……この男二人が言うから」

「ひどいな、桜宮」

「土壇場で仲間を売るタイプだろ、お前」

 椿先輩と蘇芳先輩が呆れた顔で桜宮先輩を見ている。


「勧誘なら、さっき断りました」

 私はほっとしてそう告げる。あんなにあっさりした性格の葵がやけに粘るな、とは思っていたけど、理由はそこにあったらしい。


 女バレの先輩に、強引に私を連れて行くように言われていたのだろう。同じ県代表になった馴染で、引っ張ってこい、とでも言われたに違いない。

 私はにっこり笑って3人の先輩を見上げた。


「私、剣道部に入部するのでよろしくお願いします」

 ぺこり、と頭を下げたら、ぼすん、と何かが当たってきて驚く。顔を上げると、桜宮先輩が私に抱きついていた。


「よかった! ありがとう。桃ちゃん」

 私は苦笑する。どうも、この桜宮先輩は何かあると私に抱きついてくるようだ。


 そう思い、ふと気づく。

 椿先輩はよく女子に囲まれている。蘇芳先輩は学年を問わず男子に囲まれている。


 でも。

 桜宮先輩は、校内では一人で移動していることが多い。


『剣道部は今、女子が私ひとりだから、入部してくれると嬉しいな』


 桜宮先輩はそう言っていたが。

 部活動以外でも、桜宮先輩は一人でいることが多い。


「これで廃部もなくなったし、六月の試合にも出れるね!」

「……ん?」

 ぼんやり別のことを考えていた私は思わず尋ねる。廃部がなくなった、は理解できた。


 もう一つ。理解しがたい言葉がよぎったような……。


「試合……?」

 抱きついたままの桜宮先輩に、私は慎重に尋ねた。聞き間違いかもしれない。

 そう思ったのだ。


「そう。この地域の剣道連盟が主催の……。道場中心の試合だけどね。男女混合で団体戦が出られるのよ。出ようね」

 にっこり微笑まれ、私は血の気が引く。


「無理ですよ!」

「桃ちゃんなら問題ないよ」


 椿先輩は優雅に笑って私に頷いて見せた。

 いや、嘘でしょ。まだ、防具も付けてないし、素振りも満足にできませんけどっ。


「何事も経験だ」

 蘇芳先輩までがそんなことを言い出した。


銀杏いちょう先輩が、戻って来るから丁度五人になるのよね」

 桜宮先輩は相変わらず私の首を抱きしめたままそんなことを言う。


「銀杏先輩って、三年の……?」

 まだ姿をみたことのない、「休んでいる」という部長男子のはずだ。


「治った、って昨日line来たから」

 桜宮先輩の言葉に、私はもぞりと顔を上げて、すぐ近くの彼女の顔を見る。


「怪我で休んでおられたんですか?」

 私の言葉に、桜宮先輩はおもいっきり顔をしかめて椿先輩と蘇芳先輩を見る。


「あれ、怪我?」

 椿先輩と蘇芳先輩は微妙に片頬をひきつらせたが、特に何も言わない。桜宮先輩は、ふん、と息を吐く。


「肩を脱臼したのよ」

「稽古中ですか」

 思わず尋ねた。剣道では互いに勢いよくぶつかりあうので、男子なんかじゃ確かに脱臼しそうな感じだ。


「違う。壁ドンして」

「……壁ドン?」

 それは私の知っている壁ドンだろうか。

 それとも、剣道の何か技なんだろうか。


「友達同士で、やってたんだって。彼女もいないのに。で、どんっ、と壁を突いた瞬間、肩を脱臼したのよ」

 馬鹿よ。吐き捨てるように桜宮先輩は付け足す。


 ……そんなこと、あるんだろうか。

 戸惑って椿先輩を見ると、「肩が抜けやすい人なんだ」と、訳の分からないフォローをしていた。蘇芳先輩も頷き、

「授業中、床に落ちたシャーペンを拾おうとして脱臼したこともあった」

 と、教えてくれる。なんか怖いな、その人。いろんな意味で……。


「ま。その馬鹿が戻ってきて、五人揃うから試合に出ようね」

 桜宮先輩は、男子が見ればうっとりするような笑みで私に告げた。

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