仮入部4 不審な剣道部

「窓、閉めよう」

 立った瞬間、足裏に鋭い痛みが走り、私は相変らずの微妙な歩き方で窓に近づいた。


「ねぇ。バレー部においでって」

 背後からあおいの声が聞こえたけれど、私は振り返らなかった。


 なんだか。

 ここまでしつこく勧誘する葵が不思議だ。


 どうしたんだろう。葵って、割とさっぱりした性格なんだけどな……。

 そんな疑問が頭をもたげている。


 私は振り返らずに窓に指をかけた。葵のため息が聞こえ、イスが床を擦る音が聞こえた。どうやら立ち上がってこちらに近づいてきているらしい。


「……あれ?」

 私の隣に立った葵が声を上げた。

 彼女を見上げた私は、その視線を追う。


 彼女が見ているのは、窓の外だった。

 旧校舎であるこの窓から見えるのは、数週間前に新入部員勧誘の場があった中庭だ。


 そこには。

 ジャージ姿の女子数人の姿があった。


 背中には『女子排球部』と書かれていて、女子バレー部の部員だと分かる。


 だけど。

 問題は、その女バレの先輩たちではない。

 その女バレの先輩たちから数メートル離れた中庭の生垣に潜む、たちの姿だ。


「……あれ、剣道部の先輩だよね」

 葵が、こわごわと私に聞く。

 戸惑いながら頷いた。


 先輩たちは明らかに、物陰に身を潜めながら、女バレの先輩たちを尾行しているように見えた。


 多分、本人たちは見えていないつもりなのだろう。いや、女バレの先輩たちには確かに見えていないようだ。


 ただ、三階のこの教室からは丸見えだった。


 そもそも。

 本人たちは、「こっそり」ついて行っているつもりなのだろうけど、3人で行動している段階で、すでに「ごっそり」だ。


 学生服姿であれば、最悪「怪しい三人組」で済むところを、剣道着姿で尾行しているものだから、「不審な剣道部」になっている。


「ちょっと!」

 焦ったように葵に肩を掴まれた。


「うちの先輩たちに何かしようとしてるんじゃないでしょうね!」

 まさか、と笑おうとして、さっきまで会話していた内容を思い出す。


『すごい制裁』『闇討ち』。

 そんな言葉がくるくると頭を回る。


 いや、そんなことあり得ないし。

 そう首を横に振ったものの、頭に浮かんできたのは、この二週間足らずで見てきた先輩たちの、いわゆる『悪戯いたずら』だった。


 桜宮さくみや先輩が部活中に飲もうと思って、道場の冷蔵庫に入れていたポカリを冷凍庫の方に入れ替え、凍らせて飲めなくしたり、蘇芳すおう先輩の籠手の中におもちゃの蛙を忍ばせて驚かせてみたり、椿つばき先輩の自転車のサドルを外してブロッコリーを埋めて見たり……。


 あの先輩たちは、仲が良いのか悪いのか、様々な組み合わせで互いに悪戯を仕掛け合っている。


 あの三人が結託し、誰かに対し、悪さをしようとしているのだろうか。


 そう思ったら、その考えだけが頭に残る。

 女バレが剣道部の不興を買い、今まさに、「仕返し」をされようとしているのだろうか。


「まさか……」

 私は呟いて、走り出した。足の裏が痛いなんて言ってられない。葵を教室に残したまま、私は階段を駆け下りる。


 何を考えているのかは知らないが、他部に危害を加えれば、即廃部だろう。


 ちょっと……。いや、かなり変わった先輩方ではあるが、『剣道部をつぶしたくない』という思いだけは共通して持っている人たちだ。


 それが。

 こんなバレバレな闇討ちをしかけて廃部になるなんて耐えられない。


 私は一階まで一気に下りると、集中下足室を上靴のまま素通りし、中庭に向かった。


 皮がむけた足の裏が若干ひりひりするけれど、久しぶりにシューズで走る感覚は懐かしいものだ。ぎゅっと靴底が地面を踏む小気味良い音を聞きながら、私は中庭の生垣に潜む先輩たちに向かった。


「……あ」

 私の足音に気づいたのだろう。

 つつじの陰から、体育館に続く小路へ進む女バレの先輩をのぞいていた蘇芳先輩がまず、声を上げた。


「え?」

 蘇芳先輩の動きに気づいたのだろう。その視線を追い、椿先輩が私を振り返る。


「ちょっと、静かに……。あ」

 もぞもぞ動く二人を小さく叱責した桜宮先輩は、中腰のまま私を見て止まった。


「……こんなことして、どうなると思うんですか」

 全速力で走って来たせいか、私は荒い息のまま、三人の先輩たちと向かい合う形で立つ。


「いや。僕たちはね」

 椿先輩は立ち上がる。もう、女バレの先輩たちは小路を抜けて行ったようだ。姿も声も聞こえない。私は、ぐい、と背を反らした。


「椿先輩。生徒会の闇の力を使って何か企んでるんですか」

「……闇の力?」


 椿先輩が柳眉を寄せて私に尋ねるけれど、私はぜいぜい言いながら蘇芳先輩を睨みあげる。


「蘇芳先輩も蘇芳先輩です。そんな、必殺仕事人みたいなことを……」

「……ちょっと待て」


 蘇芳先輩が私に向かって戸惑った声を上げたけど、聞くもんか、と首を横に振った。


「桜宮先輩まで、なんですか。『廃部にしたくない』って、先輩がおっしゃるから、私は剣道部に入ったのに」

「……剣道部に、入った?」


 桜宮先輩は形の良い眼をまんまるに見開いて私に尋ねる。

 私は、大きく首を縦に振る。


「そうです。今朝、入部届を担任に出しました。それなのに、先輩たちが女バレの先輩にゲリラ戦を挑むようなことをしたら、職員室で廃部が決定されるじゃないですかっ」

 私は大きく息を吸い、三人の先輩たちを順に睨んでいく。


「私、せっかく剣道が楽しくなったのに!」

 先輩たちは穴が開くほど私を凝視した後、息の合った動きで互いの顔を見つめ合った。


 たっぷり十秒は見つめ合ったかと思った瞬間。

 堰を切ったように互いを罵り始めた。


「僕は最初から桃ちゃんを疑わなかったよ! 彼女は絶対入部するって言ったろ?」

「嘘をつけ。お前が一番に、女バレを尾行しようと言いだしたんじゃないか」

「そもそも、情報源の出所がおかしいんじゃないの!? 蘇芳の責任よ」

「そうだよ!」

「俺かよ!」

 ものすごい早口と悪口の応酬に、私は唖然と先輩方を見つめる。


「……えっと? あの?」

 恐る恐る私は声をかけるが、誰も反応しない。しばらくためらったのち、私は桜宮先輩ひとりに絞ることにした。


「桜宮先輩。これ、なにがどうなってるんですか?」

 少し大きめの声を桜宮先輩に投げかけると、ようやく口を閉じたのは、蘇芳先輩と椿先輩の方だった。


 桜宮先輩は最後まで、「あんた達が悪いっ」と言い放ち、それからゆっくりと私を見る。


「桃ちゃんが、剣道部は仮入部だけで、入部しない、って聞いたから」

 桜宮先輩が気まずそうに私を上目づかいに見てそう言った。

 私は驚いて目を瞬かせる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます