仮入部3 先輩たちの噂

「……へ?」

 思わず聞き返してしまった。あおいはぎゅっと眉間に皺を寄せて私に顔を近づけてくる。


「女バレの先輩に聞いたけど、結構変わってない?」

「変わってる……?」

 私は先輩方の顔を順に思い浮かべながら首を傾げた。

 そうかな。……いや、そうかも。


「生徒会執行部のあの美形の男の先輩いるじゃない?」

 私は頷いた。


椿つばき先輩のことだと思う」

「あの人、すっごく女子にモテてるらしくてね。生徒会に立候補した時も、女子は全員あの先輩にいれたぐらいなんだって」


 あながちウソじゃないだろう。校舎内でみかける椿先輩は、いつもいろんな女子に囲まれているから。


「優しそうに見えて、実は陰ですごいらしいよ」

 葵は密告するように声を低めた。


「すごいって、なにが」

 同じように声を潜めて私も尋ねる。あの、仏様のように穏やかに見える椿先輩には、裏の顔でもあるのだろうか。


「この前、部活動勧誘あったでしょ。中庭で」

「うん」


「あの時、茶道部が約束を破ったらしいのよね。生徒会執行部の」

 ああ。私は声を漏らす。そういえば、飲食提供禁止の日に、茶道部がお茶菓子で新入生を呼び込もうとしたことを思い出した。


「すごい制裁を加えられたらしいわよ」

「すごい制裁」

 私はごくりと唾を飲む。


「それなに」

「……さあ」


「ええ?」

 背をのけぞらせて葵を睨む。


「そこまで言うんなら、ちゃんと聞いて来てよ」

「だって、先輩からは、『すごい制裁』としか聞いてないもん」

 言い訳するようにそう加える。


「なんでも、茶道部は『今後一切生徒会執行部の命令に背きません』って全員正装で執行部に謝りに行ったらしいよ」

「茶道部の正装ってなによ」


「さぁ。和服?」

 ふうん。興味を無くして私がそう言うと、葵は、おばちゃんのように手を招いて見せた。


「あの、もうひとりのいかつい男子の先輩居るじゃない」

蘇芳すおう先輩?」


「あの先輩もね。なかなかのものらしいよ」

 そう言う葵を、私は疑わしげな眼で見つめる。椿先輩はなんとなくイメージとして、「……怒ったら怖いんだろうな」という雰囲気はある。

 だからこそ、『すごい制裁』と聞いたら納得しそうな部分はあるけれど。


 蘇芳先輩は、いかつい態度と表情はしているけれど、あの三人の中で一番理性的で現実的だ。『なかなかのもの』とは何を指すのか。


「剣道部、廃部寸前の人数じゃない?」

「まぁ。ねぇ」

 私が入らないと廃部も検討される、とは言っていた。


「それなのに、廃部にならないのは、あのいかつい先輩が、廃部を提案した生徒をひとりひとり闇討ちしてるんだって」

「闇討ち?!」

 思わず問い返す声がひっくり返った。


「いろんな部に顔を出して情報を集めて、剣道部に仇なそうとしている生徒をかたっぱしから消してるらしいよ」

「そんな、暗殺者じゃあるまいし」


「だって、そんな顔じゃない」

「いや、それは認めるけど」


「校内では怖いものがないらしいよ」

「顔で判断しないでよ」


「するでしょ。人の一人や二人はりそうでしょ」

 目力を込めてそう言われ、私は呆れる。蘇芳先輩、良い人なのに。

 私が黙っていると、葵は納得したと判断したようで、私にまた顔を近づけて来た。


「それからあの、桜宮さくみや先輩」

 さすがに女子同士だからか、桜宮先輩だけは名前が出た。私は、うん、と頷く。


「あの先輩、芸能事務所から何度もスカウトされてるらしいよ」

「芸能事務所?」

 首を傾げると、私も知っているアイドルが所属する事務所の名前を挙げた。


「へぇ!」

 私は声を上げる。驚いたけれど、あの先輩であればありえることだ。綺麗だし、運動神経も抜群だ。


「なんか、パンフレットだか、雑誌だかにも載ったことあるんだって」

「すごいね!」

 私が感嘆の声を上げると、葵は顔をしかめた。


「だからよ」

「なによ」


「あんた、騙されてんのよ」

「なんの話よ」

 私は呆れて葵から体を離し、イスの背に凭れた。


「今まで、なんで剣道部に女子がいなかったか知ってる?」

 なんでって……。私は戸惑って眼前の葵を見る。


「たんに、入らなかっただけでしょう」

 私自身、剣道部に入るなんて、敷居が高いと思っていた。球技や文化系ならなんとなく入りやすいイメージがあるのだけど、武道系は……。


「桜宮先輩が、自分より綺麗な女子の入部を渋ったかららしいわよ」

「……ちょっと待って」

 ふぅん、と言いかけて、私は手を開いて葵に突き出す。


「生徒会副会長やあの硬派な先輩を独占したいがために、可愛い女子の入部を邪魔したんだって」

「ちょっと、待ちなさい。葵」

 私は言葉を遮る。


「だとすると、私の入部について何か意図があると?」

「あんた、引き立て役にさせられてるのよ」

 呆れたことに、葵は、真剣に私を見つめていた。


「良い様に使われる前に、バレー部においで」

 私はその葵の顔をたっぷりと数十秒眺め、大きな溜息をつく。


「馬鹿らしい」

 思わず呟いて、顔を背けた。窓から差し込む橙色の夕陽を眺める。


「何がよ」

 不満そうな葵の声が聞こえたとき、開け放たれた窓から風が吹き込んで大きくカーテンを膨らませる。


「部活行こうか」

 会話を終わらせるために立ち上がる。そもそも、桧山先輩に会いたくなくて、バレーをやめたのに。どうしてまた、バレーに戻らないといけないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます