仮入部2 もう一回、バレーやろうよ

「せっかく、中学校で二度も県代表にリベロで選ばれててさ。もったいないよ」

 あおいは言って、長い脚を組んだ。


 私は内心ため息を吐く。

 葵とは中学校が違うけれど、同じ県代表で知り合い、仲良くなった。この高校に進学を決めた時に、彼女がいると聞いて嬉しかったのも確かだ。


 本当は、桧山ひやま先輩がいるこの空見西高校は進学先として避けたかったのだけど……。


 学力的なこと、通いやすさ、大学進学率などを考えたら、親からも先生からも空見西高校ここを勧められた。


 もう、バレーボールはやめる。

 私は中学の部活を引退したとき、周囲に宣言した。

 指定校推薦もすべて断った。


 だから、空見西に進学しても、桧山先輩が、私に声をかけてくることはないだろう。そう、踏んだ。だって、私はバレーをしないのだから。

 それに、あっちが私を嫌っているのだ。気を付けていれば、滅多に会うこともない。実際、今だってニアミスはあるけど、ばったり出会ったことはないのだ。


「一緒にもう一回、バレーやろうよ」

 誘ってくれる葵には悪いけど……。


 彼女と私は違う。

 葵は、ウィングスパイカーだ。


 身長は一七〇センチを超えて、まだ伸びそうな気配がある。加えて強力なバネと長い手足があった。


 常に後衛で腰を低く落とし、ボールを拾う私とは違う。


 スパイカーは花形だ。

 床を蹴り、ボールを打ち、直接相手に攻撃が出来る。


 小学校までは、それでも、「セッターか、リベロでいいや」と思っていた。自分にできることでこのコートの中に居よう。そう思っていた。


 だけど。

 年齢が上がるにつれて、目の前に広がっている道幅が狭くなっていく。


 昔は「セッター」「リベロ」とあった枝道が、次第に、「リベロ」しかなくなった。


 体格的に恵まれなかった私と葵とでは、向かう方向性が確実に違って来ていた。


 加えて。

 桧山先輩の問題がある。


「桧山先輩のこと気にしてるの?」

 黙っていたら、ずばりそう言われた。私はちらりと顔を上げる。


「今は、三年生の先輩が抑え込んでるからね。結構大人しいよ」

 葵は組んだ脚の上に頬杖をついて、私を見ている。私は口をへの字に曲げただけで敢えて何も言わなかった。


 桧山先輩は、同じ中学校の一つ上の先輩だ。

 頭の切れるセッターだった。


 ありがちなことだけど。

 切れるがゆえに、独裁的だった。


 レシーブのボール一つとっても、いちいち指図され、出来なかったらボールをぶつけられて怒鳴られた。


 当時のレギュラーの中で、私だけが下級生だった、ということもあったのかもしれない。負けた時の怒りの矛先は常に私に向い、その熾烈な感情表現に、周囲の部員は私を憐れんでこそすれ、守ってはくれなかった。


 桧山先輩が三年生の時。

 私たちの中学校は全国大会出場を逃した。


 それまでずっと全国に出ていたのに。

 その年だけ、私たちは負けた。


『あんたのせいよ!』

 試合終了後、泣きながら桧山先輩にタオルをぶつけられたのを覚えている。


 確かに。

 私のサーブレシーブミスで、試合は終了した。

 私のせいだ、と言われればそうなんだろう。

 だから。


「……やっぱり、あの先輩とは一緒にバレー出来ないから」


 うつむいてぽつり、と答えた。桧山先輩のことを思い出しただけで、膝の裏から力が抜けていく気がする。


 怖かったのだ、と思った。

 あの先輩と一緒に競技をしていても、私の関心は相手チームではなく、桧山先輩にしかなかった。


『失敗したら怒られる』、『拾えなかったら叱られる』、『勝てなかったら無視される』。


 相手の攻略や観察も、ただただ、自分が怒られないためだけに行っていた。


 怒鳴られたくない。メンバーの前で叱責されたくない。罵られたくない。


 そればかりを考えて競技をしていたら。

 もう、全くバレーが面白くなかった。


「剣道部って先輩三人なんでしょ?」

 私がその後、言葉を続けないことが不満らしい。葵は水を向けるように私に声を掛けてきた。


「……四人。三年の先輩がいるらしいけど、今は休んでるって」

「あんた、桧山先輩のことを怖がって剣道部に行く、っていってるけどさ」

 私の言い難いことをはっきりと葵は表現し、大きなアーモンド形の目で私を見た。


「その剣道部の先輩の評判はどうなのよ」


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