先輩たちからのお誘い7 面あり

「この音、変ですよね」

 そう言うと、先輩方は顔を見合わせた。


「それが分かるなら、桃ちゃんすごいよ」

 桜宮さくみや先輩は満足そうに笑うけど、私には理解不能だ。


「いいねぇ。桃ちゃん、いいねぇ」

 椿つばき先輩も嬉しそうだけど、なんだか複雑。


「叩く瞬間に、雑巾を絞るように竹刀を握るんだ」

 教えてくれたのは蘇芳すおう先輩だった。


 竹刀を持ってはいなかったけれど、蘇芳先輩は私の前で素振りを何度か繰り返してくれる。

 雑巾を絞るように。

 その表現がなんとなくわかった。

 竹刀が剣道君に当たる瞬間、両手の親指を中に押し込むように握るようだ。


「人形より、人のほうが良い音出るかもね」

 椿先輩の言葉に、蘇芳先輩が頷いた。


「俺が面を被る」

「じゃあ、それまで剣道君コレで練習しようか」

 桜宮先輩は言い、「もう一度、蘇芳が言った通りにやってごらん」。促され、私は竹刀を持ち上げて、人形に打ち込んだ。


 がちゃん。

 今度は、やけに金属的な音がしたと思ったら……。

 竹刀の先が、面の顔部分にある、金属に当たったみたいだ。


面金めんがねじゃなくて、当てるところは、あくまで頭頂部分。そこに、打突だとつ部位を当てるんだよ」

「打突部位?」

 説明してくれた椿先輩に首を傾げると、桜宮先輩が自分の持っている竹刀の先っぽを指さした。


「竹刀の先についてるこの白い革を先革さきがわっていうの。

 で、この、竹刀の上三分の一についている革紐を中締めっていうのね。

 先革と中締めの間の竹の部分。ここを、相手の打突部位……。面だと、頭頂部分よ。そこを打つと、一本になるの」


 なるほど。竹刀のどこかが相手に当たれば良いというわけではないらしい。私は自分が持つ竹刀を見た。


 先端から紐で縛ってあるところまでを、剣道君の頭に当てようとすれば……。

 今の私の距離感では近いような気がした。

 少し後ろに下がる。剣道君と距離をおく。「いいね、その位置だ」。すかさず椿先輩が声をかけてくれる。


「俺を打ってみるか?」

 その声に、視線を向けると、蘇芳先輩が面を被って立っていた。


 面だけじゃなく、体には胴とか、名前は知らないけれど腰を守るようなびらびらした防具をつけている。


 いわゆる、『剣道をする人』の格好で私の前にいた。


「面の打突部位にきちんと竹刀が当たって、『打つ』と、ぱこん、って乾いた音がするのよ」

 桜宮先輩が私に教えてくれた。


「今の桃ちゃんの面は、『打つ』んじゃなくって、『当ててる』んだ。剣道では、これは一本にならない」

 椿先輩が肩を竦める。


「その辺がむずかしいところでね。フェンシングみたいに、『当たった』から『有効打突』ってわけじゃない」

「気・剣・体の一致ってことなんだけど。まぁ、それはおいておいて」

 桜宮先輩はにこりと笑い、蘇芳先輩を指差した。


「まずは、叩いてみて」

 そう言われ、私は目の前の蘇芳先輩を改めて見た。

 私の身長にあわせてくれているのか、蘇芳先輩は前かがみになって私の正面に立ってくれている。


「あの……」

 思わず尋ねる。


「叩いても、痛くないんですか?」

 私の言葉に、椿先輩と桜宮先輩が顔を見合わせて噴き出した。


「桃ちゃんに打たれたぐらい、なんともないわよ」

「蘇芳が痛い、って泣くぐらい打ってもいいよ」

 ふたりは愉快そうに笑いながら私に言う。

 え。そうなの。そんなもんなの?


「さぁ、来い」

 面金というらしい。面の正面に何本も横に入った金属部分の向こうから、蘇芳先輩が目力強く私を見ていた。


 私は頷き、竹刀を持ち上げる。

 右足を前に出し、下ろすと同時に左足を右足にひきつけた。


 がちゃん。

 やっぱり、上手くいかない。


 私はため息ついて首を傾げる。言われたとおり、当たる瞬間に指を絞り、肘を内側に入れたつもりなんだけどなぁ。


「当たる瞬間にだけ、力を入れるんだ」

 蘇芳先輩が腰を屈めたまま、私にそう言う。うーん……。やってる、けど……。


「右肩に力が入りすぎている。だから、当たった瞬間、竹刀の先端が、右から左に、斜めに流れるんだ。左手に力を入れ、まっすぐに俺に当ててみろ。右手は方向を決めるだけだ」


 なるほど。面に当たった後、斜めに、ざーっと竹刀が移動しちゃってるのか……。


 蘇芳先輩に言われ、私は視線を天井に向ける。

 微妙な軌道修正と体のイメージを脳内でつけてみた。それを繰り返す。今のところ、お手本は桜宮先輩。その動きに自分の体形規格を当てはめる。


――― よし。


 私は息を一つ吐くと、竹刀を握りなおした。

 右手の力を若干抜き、代わりに左手に力を入れてみる。上手く握ろうと左手の小指でつかを掴み、位置を調整する。


 私は竹刀を振り上げる。「その位置だ」。蘇芳先輩がそう言うのを合図に、振り下ろす。あくまで右手は添えるだけ。


 ぱこん。

 竹刀が当たった瞬間、今まで聴いたことがない軽い音が響いた。


 脳内で浮かんだイメージは、打ち込まれたスパイクを綺麗にレシーブした時のだ。


 両手の手首の間にボールを受け、緩やかな弧を描いてセッターに向かって上がるレシーブ。


 その、音に似ていた。


 攻撃が始まる。

 その音だ。


 セッターがアイコンタクトを送る。

 ライトとレフトのスパイカーが同時に動き出す。


 コート全体にシューズの軋み音がリズミカルに鳴り、

 一斉に、相手コートに攻撃をしかける。


 ゲームに血が巡る。コートに呼吸が走る。


 その、

 合図の音。


 これは。

 始まりの、音。


「その音だっ」

 蘇芳先輩が言う。


「良い面!」

 椿先輩が続いた。


「面あり!」

 桜宮先輩が拍手する。


「……できた……?」

 私は知らずにそう呟いていた。

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