先輩たちからのお誘い6 面打ち


「このね、握るところの革部分を柄革つかがわっていうんだけど」

 桜宮さくみや先輩は竹刀の握る部分を指差した。


 元は白かったんだろうけど、その使用年数の分だけ灰色に汚れ、艶々にてかっていた。桜宮先輩は自分で一度握ってみせる。


「右手は上の方を握って。で、左手の薬指と小指が柄の一番下を握るように持ってみて」

 竹刀を手渡され、私は見よう見真似で竹刀を握った。

 え。結構重たい。これ、振り回すの?


「竹刀は上から掴むんだ。もう少し、肘の力を抜いて……。そう。握る部分だけ、絞る感じ」

 椿つばき先輩の声が聞こえ、私は言われたとおりに姿勢を変えた。


「姿勢はそれでいい。上手いじゃないか」

 感心したような蘇芳すおう先輩の声に、安堵する。適切に入る褒め言葉が素直に嬉しい。


「じゃあ、そこから上下素振りをやるわよ。その構えのまま、竹刀を上げてみて」


 足を前後に開き、左足の踵を上げて……。

 おっかなびっくり、肘を上げていくと、「肩を動かすんだ」と蘇芳先輩に言われた。

 ああ、なるほど、と、肩の可動域を意識して竹刀を上げる。


「手首は動かさないで。左拳を自分の額まで持ち上げて」

 桜宮先輩の言う通りの位置まで持ち上げる。


「そう。その位置」

 桜宮先輩の声を聞きながら、じわりと上腕に力が入る。地味にしんどい。


「そこから竹刀を振り下ろすんだけど、イメージとしては釣竿を持って糸を遠くに放る感じね。剣先を遠くへ、円を描く感じで動かすの」

 うううう。剣先を、遠く、ね。ぶん、って感じかな。


「振り下ろすと同時に、右足を出して、そのあと素早く左足を引き付ける」


 やること多いっ。

 思わず桜宮先輩に突っ込みたくなったけど、いやいや、復唱復唱。


「剣先を遠くに。振り下ろす時、右足。そのあと素早く左足をひきつける」


 一度呟いてから。


 よいしょ、と掛け声をかける。竹刀を振り下ろした。

 しゅっ、っと空気を割く音がする。


――― なんか、剣道っぽい。


 思った瞬間、バランスを崩した。

 たたらを踏み、慌てて踏ん張る。同時に、ばいん、と音を立てて竹刀が床を叩いた。握っていた掌に痺れのような痛みが広がる。


「振り下ろしきってはダメだ。竹刀は、最初の構えの位置で止める。そのためには、左手の薬指と小指でしっかり竹刀を握っておくんだ。右手は軌道を修正するのに使う。竹刀の基本操作は左手だ」


 蘇芳先輩が言葉を添えてくれる。

 ああ、そうなんだ。振り切っちゃダメなのか。というか、さっきは勢いづいて体勢を崩してしまった。


「もう一回、やってみよう」

 桜宮先輩に頷き、私は構えの姿勢を取る。


 そこからゆっくりと振り上げ、息を吐くと同時に振り下ろす。

 今度は左手に力を込めた。ぐっ、と上半身が持っていかれそうになるけど、こらえる。びゅん、と竹刀が鳴り、空気が動く。


「面っ」

 声を出したのは、椿先輩だった。


「上手いじゃない」

 桜宮先輩が間隔の早い拍手をして、緊張が少しほぐれた私はほっとして微笑んだ。


「じゃあ、剣道君を叩いてみよう」

 桜宮先輩は、蘇芳先輩が押してきた人形の面の頭頂部分をぽこぽこ手で叩く。


「竹刀で叩けばいいんですか?」

 私は両手で竹刀を握ったまま三人の先輩の顔を順々に見比べた。


「叩くって言うより」

 椿先輩が少し首を傾げる。

「斬る」

 蘇芳先輩が断言し、私は一層困惑した。なにそれ。

 それに気付いたのか、桜宮先輩が苦笑する。


「叩けばいいの。最初はソレで問題なし。こんな感じ」


 桜宮先輩は剣道人形『剣道君』が持っていた竹刀を抜き取り、向き合う。


 構えの姿勢を取り、そこからするりと竹刀を持ち上げた。

 その動きにはまったく力みがない。


 見てないけど、さっきの私、こんなんじゃ絶対なかったと思う。がちがちに肩に力が入っていた気がする。


 桜宮先輩はその後、「面っ」と発声して竹刀を振り下ろす。剣道人形の頭頂部に竹刀が当たり、ぽこん、と軽い音が響き渡った。


「さ。やってみよう」

 にっこり桜宮先輩が微笑み、私に場所を譲ってくれた。


 今更ながら、いろんな先輩の視線を感じる。なんか、妙に恥ずかしい。すっごく下手くそなんだろうなぁ、私。小さくなって移動し、剣道君に向かいあった。


 さっきの行動を思い起こし、ついでに桜宮先輩の動きを脳内リプレイする。


 自分の予測動作と重ね合わせ、修正。『竹刀を持ち上げる時に右足。下ろす時に左足』と呟いて、竹刀を上げた。


「その位置から」

 蘇芳先輩がまた声をかけてくれる。私はその声に圧されるように息を吐いた。肩の力を抜く。

 そして、竹刀を振り下ろした。


 がちゃん。


 竹刀は、人形の面の頭頂部分を叩いたものの、物と物とがぶつかり合う耳障りな音が響く。


――― あれ……?


 首を傾げた。さっきの桜宮先輩の時と、が違う。


「もう一度」

 桜宮先輩に促され、私は納得行かないまま竹刀を持ち上げ、振り下ろす。


 がちゃん。

 響いたのは、完全なる不協和音。


 やっぱりだ。

 なんかこう。すっきりしない音。


 バレーで言うなら、レシーブは上がったけれど、真っ直ぐセッターに向かわなかった感じだ。


「なにがダメなんでしょう」

 私は情けなく眉を下げて先輩方を見た。おまけに、あれだけタイミングよく誉めてくれる先輩たちが何も言わないのも不安だった。

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