先輩たちからのお誘い4 武道館

「武道館は、こっちよ」

 立ち止まった蘇芳すおう先輩に、追いつく形で歩み寄った桜宮さくみや先輩は、一連の流れを知っているのか知らないのか、私に告げて指をさす。


 頷き、それから彼女が示す方向を見た。

 そこは、中庭から職員駐車場に続くコンクリ舗装の道だった。


 安堵したことに。

 体育館とは真逆だ。

 中庭を真ん中に、武道場は西へ。体育館は東へ向かうようだった。


「蘇芳、新入部員か?」

 人の多い中庭を抜け、ほっとしていたら、小路をすれ違う上級生に声をかけられた。グランドを抜け、職員駐車場の方から中庭に向かう部員のようだ。

 ユニフォームから察するにサッカー部のようで、蘇芳先輩の態度から判断すると、三年生なのかもしれない。


「可愛い子じゃん」

 サッカー部の先輩はちらりと私を見て言う。瞬間に頬が赤くなってなんとなく、桜宮先輩に身を寄せた。


「入ってくれるといいんですけど」

 蘇芳先輩が苦笑していると、今度はバスケット部らしい男子の先輩が近づいてきた。


「お。蘇芳、新入部員捕まえた?」

「まだ迷ってるらしい」

 答えたのはサッカー部の先輩だ。バスケット部の先輩は私を見おろし、くしゃりと笑った。


「入ってやってよ。こいつ、良い奴だからさ」

「頼むね」

 サッカー部の先輩とバスケ部の先輩は私に向かって両手を合わせて拝む。

 ……気分は地蔵だった。


「じゃ、またよろしくな」

 他部の二人の先輩はある程度私に頭を下げると、蘇芳先輩に声をかけて中庭の方に走って行く。


「……ま。聞き流しておいてくれ」

 蘇芳先輩は走り去る二人の先輩の背中に軽く一礼をすると、私に向かって口をへの字に曲げた。


「そこは、入部を勧めてよ」

 口を尖らせて言う桜宮先輩をうるさそうに一瞥し、蘇芳先輩はさっさと歩き出す。


「蘇芳、助っ人でよく他の部の練習に参加してるの」

 その、半歩後ろを歩きながら、桜宮先輩が私に教えてくれた。


「部に正式に登録してるわけじゃないから、公式戦には出ないけど。あの体格でしょ? いろんな部が、練習だけでも参加して手伝ってくれ、って」

 へぇ、と私は感嘆の声を上げた。


「スポーツ万能なんですね」

 私の言葉に、蘇芳先輩は少し振り返って顔をしかめて見せる。


「小さいボールはダメだ。卓球とか野球とか。大きいボールだけな」

 変な限定だ。私が目を瞬かせていると、桜宮先輩がさっきよりも小さな声でこっそりと教えてくれた。


「うち、人数の少ない小さな部なんだけどね。蘇芳がああやって他の部と上手く交流してくれてるから、すごく助かってるの。部員は少ないけれど、目にかけてくれる先輩や同級生も多いわよ」

 そうなんだ。私は改めて蘇芳先輩の背中を見る。


「だからね」

 桜宮先輩の唇が三日月形になる。


「入部したら、学年や部を超えて大事にされるわよ」

 そう言われても……。

 私は苦笑しながら桜宮先輩の綺麗な横顔を眺めた。高校から始めるには、心理的にも体力的にもハードルが高い。


「ほら、あれが武道館」

 桜宮先輩が指さした先には、随分と古めかしい木造の建物が見えてきた。


 丁度、職員駐車場を突っ切った先にある。

 建て替えたばかりの体育館とは違い、武道館は古色蒼然として見えた。


 壁材として使用されているのは、ところどころペンキの剥げたトタンで、屋根の瓦も、辛うじて落ちるのを堪えているような風情だ。なんだか今にもずり落ちて来そうな気配で怖い。


 二階建てらしく、壁面に大きくとられた窓はこれまたなんとも年代物のガラスのようで、動かすと軋み音がしそうなクレッセント錠が取り付けられているのが見えた。


「ちょっと古いけど」

 私の表情に気づいたのか、桜宮先輩がくすり、と笑った。


 蘇芳先輩はそんな私を振り返って一瞥すると、無言のまま武道館へと入っていく。

 私は桜宮先輩と並んで、その入り口に向かった。


 扉は、横開きのアルミサッシだ。

 開けるのにコツがいるのか、蘇芳先輩は一度上に持ち上げ、そこから横に滑らせる。戸車が砂を噛んだような音をたててゆっくりと動き出した。


「靴を脱いで、そこに入れて頂戴」

 私は桜宮先輩が指さす方を見た。

 扉に入ってすぐがコンクリ打ちっぱなしの、たたきになっている。すぐ右手に年代物の飴色をした靴箱があり、左手側には、昇るのには少し急な階段が伸びていた。


「二階は柔道部なんだ」

 蘇芳先輩は言い置き、靴箱に学校指定の靴を揃えて並べる。どちらかといえば桜宮先輩の方がぞんざいに靴を放り入れ、板敷きの道場に上がった。


 道場に入る前に一礼をし、するりと板敷きに滑り込む。


――― ……私も礼をした方が良いのかな。


 靴を脱ぎ、桜宮先輩の隣に揃えると、靴下のまま、道場とコンクリとの境目の敷居に立つ。

 ちらり、と斜め後ろに立つ蘇芳先輩を見た。


「上座に向かって礼をして、右足から入るんだ」

 蘇芳先輩が私の隣に並んでくれる。私は先輩を見上げてから、正面を向いた。


 なるほど。

 『交剣知愛』と書かれた掛け軸のかかった上座が目の前にある。あれ、なんて読むんだろう。

 そんなことを考えていたら、蘇芳先輩が礼をする気配があったので、私も慌てて一礼をした。


「右」

 言われて、右足から道場に入る。「そう」。蘇芳先輩のその声かけだけで、なんだかほっとした。


 中の印象は、思っていたより、狭いということだった。


 多分、バレーボールコート一面あるかないか、という広さだろうか。ぷん、と鼻をかすめるのは床のワックスの匂いと、カビと埃がまじったような臭いだ。


 もっと道具がごちゃごちゃあるのかとおもったら、そうではないらしい。

 入って左手側の壁に沿って、防具が3つ並んであるだけで、私が想像していたような、竹刀がずらーっと並んでいたりとか、木刀が壁にかかっている、というようなことはなかった。


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