第一章 部活動勧誘

先輩たちからのお誘い1 大歓迎

 その机の前にいたのは、全くの偶然だった。


 桧山ひやま先輩が、何かを探すように振り向こうとしていた。

 だから、咄嗟に顔を隠そうとして身をよじったのだ。


 結果。

 私はその、三人の先輩たちと、机を挟んで、正面で向かい合う形となった。


「いらっしゃい」

 最初に声をかけてきたのは、向かって右側の男の先輩だった。


 日に透けて栗色に見える髪の毛とか、鳶色の瞳とか、真っ白な肌とか。

 全体的に色素が薄い感じが、その柔らかな口調にとてもよく似合っている。紺色の道着よりも、さっきみかけた演劇部の舞台衣装の方が似合っていそうな長身の先輩だった。


「ようこそ剣道部へ」

 低いその声に、顔を左側に捩じる。

 そこに立っている男の先輩も大きい。


 さっきの左側に立っている先輩は線が細い感じだけれど、こちらは明らかに武骨な感じだ。縦にも横にも大きく、道着から伸びている腕なんて、見惚れるぐらいがっしりしている。黒い髪を短く切りそろえ、くっきりとした眉に少し頑固そうなところがある先輩だった。


「さぁさぁ。この名簿に記入して」

 今度の声は、打って変わって澄んだソプラノだった。

 私は真正面に顔を向ける。


 男の先輩二人に挟まれて立っていたのは、なんとも綺麗な先輩だった。

 二人の男の先輩は紺の道着なのに、この女子の先輩だけは真っ白な道着だ。

 その白の道着に、彼女の長くて艶やかな黒い髪がすごく映えている。目がぱっちりとした二重で、薄いけれど形の良い唇の両端が、きゅっと上にあがった。


「剣道部への入部を希望なんでしょ? 大歓迎よ」

 女子の先輩にそう言われ、私は慌てて首を横に振った。


「違うんです」

 私の語尾には、すぐ隣で入部を呼びかけている男子バトミントン部の、「うちは練習、本気出さないよっ」という大声に消されそうなになった。


「なに?」

 私の声が聞こえなかったらしい。栗色の髪の先輩が、不思議そうに首を傾げる。


「私……。その」

 ちらりと私は、三人の先輩と私を遮る机を見る。


 机の上には、『来たれ、剣道部』という墨跡鮮やかな半紙がぺらり、と置かれ、その横にはまだ誰の名前も書かれていない真っ白な名簿とボールペンが鎮座している。


「初心者でも問題ないぞ」

 部活動勧誘のために騒がしい中庭でも、その低い声はやけに通って聞こえた。

 私は名簿から顔を上げ、がっちりと大きな黒髪の先輩を見上げる。


「俺たちが指導して、高校卒業までには二段を取らせてやる」

「いや、そういうことで迷っているわけでは……」


 首を横に振ると、ごつごつと肘を何かでつつかれる。

 驚いて顔をそちらに向けると、等間隔に並んだ隣の机から、弓道部の先輩が弓を伸ばして、その先端で私の肘をつついていた。


「うちも、卒業までに二段まで取れるよ」

 可愛らしい女子の先輩が、弓を槍のように構えて私を見ている。


「剣道部なんて臭いからやめときな」

 弓道部の先輩は、にっこり笑ってとんでもないことを言う。


「ちょっと、この子はうちに来たんだからっ」

 首を伸ばして剣道部女子の先輩が弓道部に向かって苦情を言っている。


「あんたたちは放ってても人が入って来るでしょっ。ほら、新人来たよっ」

 剣道部女子の先輩が指さす方を私も見る。


 なるほど。私と同じネクタイの色をした一年生たちが数人、「お話聞かせてくださぁい」と、弓道部の受付に近寄って来ていた。弓道部の先輩は、私に向けた笑顔を早速新入生に向ける。


 私は、ぐるりと首を廻らせ、中庭を見回した。

 今日と明日、新入生部活動勧誘のために解放された中庭は、一年生と各部ユニフォームを着た部員であふれている。


 一応、各部ごとに机が一つずつ用意され、部員は基本そこで待機のようなのだけど、各部の部員がパフォーマンスや呼び込みを行うものだから、声や雑多な人の動きで混沌としていた。


 4月初旬のまだ肌寒さが残る中庭は、新校舎と旧校舎に挟まれて空気の移動が制限されているせいか、そこそこの熱気になりつつある。


 さっきまで見えていた桧山先輩も、女子バレーの呼び込みのために移動したのか、電車ごっこで呼び込みを行う男子バスケ部にもまれてしまい、もう、見えなくなっていた。


「剣道部二年の桜宮さくみやです」

 ソプラノの声が鼓膜をするり、と撫でる。私は慌てて顔を正面に戻した。

 女子の先輩が、にこりとほほ笑んでいた。きゅっと上がった口角が、どこか猫っぽくて可愛い。


「今、女子は私一人だから、入ってくれると嬉しいな」

 笑顔のまま、桜宮先輩は栗色の髪の先輩を指さす。


「こいつは、椿つばき。生徒会執行部もしてるから、結構部活サボってるけどね」

「忙しいんだよ、サボってないって」

 椿先輩は苦笑して桜宮先輩を見下ろした。桜宮先輩はそんな椿先輩の視線を鼻先で嗤い飛ばし、反対側の黒髪の先輩をしめす。


「こっちの大きいのは、蘇芳すおう。今、三年の先輩が休んでるから、実質、こいつが部長ね」

「部長代理、と言ってくれ」

 蘇芳先輩はじろり、と桜宮先輩を一瞥すると、視線を私の方に向ける。


 おもわずたじろいだ。

 私自身、バレー部にいたから「大きい」人には免疫があるはずなんだけど、ここまでの筋肉量を持っていたら、押すような威圧感に背を反らしてしまう。


「蘇芳、怖いって」

 私の様子を見て、椿先輩が笑った。「なにもしてないだろ」。蘇芳先輩が低い声でそう言う。


「茶道部でーす! ただいま、茶室でお抹茶と生菓子の無料提供を行ってまーす」

 背後を、拡声器を持った女子数人が通り過ぎていく。


「ん?」

 途端に椿先輩が、眉を潜めた。


「待って! 今日は飲食提供許可日じゃないだろ」

 椿先輩の大声に、拡声器を持っていた茶道部の女子たち数人が驚いたように一塊になる。


「やばいっ。副会長じゃん!」

「生徒会執行部がなんでいるのよっ」

「逃げて、逃げてっ」

 茶道部らしい一団は嬌声を上げながら、人ごみの中を走りだすけれど、「茶道部、絶賛お茶会中!」と拡声器で宣伝をすることを忘れなかった。


「あと、よろしく!」

 椿先輩は蘇芳先輩と桜宮先輩に言い置くと、剣道部と弓道部の机の間をすり抜けた。袴の裾を蹴散らしながら、颯爽と茶道部の後を追いかけて人ごみの中に駆け出していく。


「ささ。あいつのことは放っておいて」

 呆然とその背中を眺めていた私は、桜宮先輩の声に我に返った。


 視線の先には、ボールペンがある。

 にっこりと微笑む桜宮先輩は、その辺のアイドルより可愛い仕草で私を見つめていた。


「入部希望者名をどうぞ」

 私は戸惑って、差し出されたボールペンのペン先を見つめた。

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