#98 : Vintage Wine / ep.3
「チガイマス」しか言えない鬼怒川逍遥遊戯は、すでに1つ目の問題を当てられてしまった。シャンディがあの場で断言しなかった理由はわからない。もはやそれすらもブラフのように思えてきて、考えれば考えるほどドツボにハマる気がする。
「ふふ、楽しい」
美琴の葛藤などどこ吹く風で、シャンディはリズミカルに下駄を鳴らして観光客もまばらな鬼怒川温泉街を歩いていた。
緩やかな金髪が風に揺れる、矢絣模様の浴衣の西洋人。さびれた温泉街ではどうにも浮いているけれど、浮いているからこそ目で追ってしまって。
「見惚れてます?」
「チガイマス」
「あたしのこと好きですよね?」
「チガイマス」
「そんな! あたし一筋って言ったじゃないですか!」
「チガイマス」
そして、逆手に取って遊ばれる。楽しんでくれるならいいとは思うけれど、人間不信の彼女をほんのちょっと裏切っているのが気がかりで。
「見損ないました。貴女とは今日で終わりです」
「そ、それはやめて。冗談でもキツいから……」
「なら、2つ目のヒントくださいな?」
「交換条件がズルすぎるって……」
「だって貴女が趣味の悪いロボットになっちゃうんですもの。あたしだって趣味の悪い冗談くらい言いたくなりますよ」
と言って頬を膨らませてにらまれると、もう諦めるしかなかった。
したたかでいてか弱くて、笑っているようで油断も隙もない。
惚れた弱味は完全にシャンディの手中にあるし、こちらもまた弱味を握っている、と思う。回りくどくて分かりづらく素直じゃなくても、遊戯は彼女なりの愛情表現だから。
「……わかったよ。ヒントあげるから機嫌直して?」
「直りました」
しれっと膨らませた頬を萎ませて、楽しげにきらきら輝く瞳で見つめられた。困ったゲーマーだ。
「2つ目のヒントは、着るものです」
「ああ、えっちな下着ですね」
「ちっ、が……!」
鮮やかなスリーポイントシュートを目の前で決められて咳き込んでしまった。ブラフにしてももう少しやりとりがあってもいいはずなのに。
「贈り主はコスプレ好きな董子さん。着るものと言われればまずコスチュームでしょう。あの小さな箱に入るものなんて限られますから、あとは美琴が隠しそうなモノは何か考えるだけ」
「うあー!」
子どもみたいに叫んでうずくまるしかなかった。3つのプレゼントのうち、バレたくない2つは明かされてしまった。なんのための遊戯だったのかわからない。死にたい。
「あらあら。頑なに知られたくなかったのは、飲まされて着させられるだなんて思ったからですか。そんなことする人間に見えます?」
「見えるから嫌だったのに!」
うずくまった頬に唇を感じた。オレンジとアルコールが優しく香る。
「あたしは、美琴が嫌がることを過去に一度でもしたかしら?」
ふと思い出してみる。ここ一年、シャンディから仕掛けられた遊戯は最終的に美琴が恥ずかしい目にばかり遭ってきた。だけどその遊戯で気持ちを知れたし、互いを——過去を別にして——知り合うことができた。
いつだってシャンディは優しかった。嫌がることなんて一度も——
「いや、したよ!?」
——わりと何度もやらかしている。全部あとあとフォローはしてくれたけれど、社交ダンスのときにめちゃくちゃに揺さぶってきたことだとかは忘れようにも忘れられない。
「忘れましたねー」
「都合の悪いことはすぐ忘れる……」
「忘れられたらいいんですけどね」
ふっと、声から温もりが消えた。彼女の顔色を伺おうにも逆光で見えない。オレンジ色の輪郭がぼんやりと浮かんでいるだけ。
「え……?」
「ともかく、着ろとか飲めなんてつまらない命令はしませんよ。それだけは約束しますから」
シャンディに抱き起こされて、琥珀色の瞳をにらみつけた。至近距離に迫った表情は珍しく真剣そのもの。そんな顔をされただけで信じ込んで絆されてしまう自身が少し情けない。
「ねえ、美琴? あたしは貴女をあやつり人形にしたいワケじゃないんです」
真剣な彼女の表情が、声が、目と耳に焼きついた。
「魂のない人形を愛するなんて、ただの自己満足なオナニーですもの」
強い言葉だった。日頃からひたすら言葉を選んできた彼女らしくもない語彙に、何が言いたいのか理解できなくなる。謎のベールは分厚すぎて、その先を見通せない。
「何それ?」
「美琴には、美琴が生きたいようにしてほしい……というと、これも呪いの言葉になってしまうんですけれど」
「ごめん、何言ってるか全然わからない」
「ふふ。それっていつものあたしでは?」
瞬時にかわされて、シャンディは土産物店で買った地ビールをあおっていた。「勝利の美酒です」なんて微笑む面影は、先ほどの強い言葉なんて微塵も感じない。
「謎だ……」
「ええ、謎ですね。3つ目は本当に見当がつきませんもの」
そう言って、終わった話だとばかりに土産物店にぶら下がっているご当地ゆるキャラキーホルダーを眺めていた。さっきの謎めいた言葉を尋ねようにも、尋ねたところで答えてはくれないだろう。答えたくない過去なのかもしれない。
「ねえ、美琴? 3つ目のヒントは?」
「実は私も知らなくてさ」
「あら、ブラフです?」
にんまりするシャンディに、頭をぶんぶん横に振った。
「パッと見で分からなかったんだよ。なんかの小箱? みたいな感じだったけど」
じろり、と舐め回すように見つめられたけれど、無駄だと分かって溜飲を下げたようだった。見る人が見れば嘘か誠かバレてしまう自分の分かりやすさが怖い。
「小箱ですか。トランプでも入れてくれたのかしら?」
「たしかに旅行と言えば、だけど。ふたりでトランプねえ……」
おもちゃコーナーでトランプやらウノやらを眺めながら、ああでもないこうでもないと思案する。誰も正解を知らない遊戯でもシャンディは本気で、トランプの箱を手に取っては眺めたり振ったりして——
「飽きました」
——飽きた。ポイっと元の売場にトランプを戻して、おもちゃの拳銃をくるくる回したと思ったら、今度はヨーヨーを手に取ってまた飽きる。
「帰って答え合わせする? そろそろ晩ご飯だし」
「ギブアップはしたくありませんけどー」
ちらりと店内の時計を見て、シャンディは言った。
「あたしの回答は、媚薬とランジェリーとトランプです。全問正解のご褒美をお忘れなく」
「はいはい……」
寄り添って元来た道を戻りながら、またとりとめもない話の花を咲かせる。そんな何気ない時間が愛おしくて、強く手を握ると、彼女もまた握り返してくる。
幸せだ。幸せではあるけれど。
せめてトランプだけは外れていてくれとただただ思った。
*
これぞ温泉旅館の夕食とでも言うべき、多すぎるほどの御前が美琴の眼前に現れた。サプライズを台無しにしてしまった心からのお詫びとして瓶ビールをサービスしてもらったシャンディは「素晴らしいホスピタリティです」と手のひらを返して上機嫌だ。
「あ、これ美味しい」
旬のタラの芽の天ぷらを抹茶塩で戴く。口の中にこびりついた独特の苦味と油味を、冷えたビールで流し込む。美味しい。いくらでもいけそう。料理も後片付けも気にしなくていい上げ膳据え膳は久しぶりの至福のひととき。
ただ、それは美琴に限った話で。
「美琴、これなんです?」
シャンディが指さした謎の白い練り物を口に運んでみる。おそらく、えびしんじょうだろう。
「海老とはんぺんかな。野菜は入ってなさそう」
「なら許します」
美琴の仕事は毒見係。野菜なんて食べなくても生きていけると豪語する——たぶん——西洋人のシャンディは、とにかく野菜を食べたがらない。
さすがに健康に悪いと思ってあの手この手で克服させようとはしてみたけれど、肉じゃがを作れば肉とじゃがだけ、カレーを作れば米とルーだけ、お好み焼きは豚バラだけ剥がして食べるほどに徹底した彼女は、ミモザ以上の偏食家だ。
「美琴、海老天食べてあげますから、タラの芽の天ぷらどうぞ」
「あー! 楽しみに取ってたのに!」
「まあまあ。お刺身の飾りもおまけしますから」
「大根のツマは飾りじゃないってば。ホント野菜食べないね……」
「お米と麦とトウモロコシは食べますよ? あとお芋」
「それは野菜じゃなくて穀物」
「アボカドは食べます」
「それは果物」
「正解。ご褒美にトマトあげます」
「トマトも野菜じゃなくて果物だから」
「いーえトマトは野菜です。不正解の罰としてお肉没収」
「あー!」
そうこうしているうちに御膳はベジタリアンカラーに染まって、反面シャンディの器はたんぱく質と脂質と糖質豊かな美味しいものに様変わりした。
これがシャンディ式ダイエット。おかげで痩せたけれど。
「代わりに焼き魚さしあげますよ」
言って皿ごと出てきたのはアユの塩焼きで。
「小骨取るの面倒くさいからでしょ」
「オ箸ノ使イ方ワカリマセーン」
「今さら何言ってるんだか……」
毒見ともうひとつ、魚の小骨を取るのも美琴の仕事。一本でも小骨が残っているとブー垂れるシャンディのために、丹念に小骨を取り除く。
「文句言いながらもやってくださいますよね? あたしのこと好きなんです?」
「こうしないと魚食べない妹が居ただけ」
「面倒臭い女ですねー、それ」
「ホントね」
幼少期の琴音も、シャンディに負けず劣らず偏食家だった。ふりかけひとつで、おかずの青椒肉絲やらおでんやら鍋物の襲撃を逃げ回って、母さんに怒られて泣いていた。あの時はとてもかわいかった。
「でも役者始めて変わってね。味わかんないと役作りもできないからって、今は幼虫とかカエルの肉まで食べてるくらい」
「悪食ですねー。まあ、あんな女に手を出すくらいですし」
「ノーコメントで」
小骨を丁寧に仕分けた皿をシャンディに戻し、ついでにトマトをオマケしてあげた。
「さ、シャンディちゃんもトマト食べて立派な演技派バーテンダーになりまちょーねー?」
「メシハラは受け付けません」
「いいから食べなさい」
「ぶー」
結局、最後まで残していたスライストマトを噛まずに飲み込んで、ビールで流し込んだのだった。
《アリス》の物語に登場したお母さんは、彼女にどういう教育をしたものだろう。親の顔が見てみたいけれど、あの話が真実ならもう見られない。
シャンディは天涯孤独だ。ミモザを除けば家族は美琴だけ。こんなふうに食事をすることも、きっとなかったのかもしれない。
「ねえ」
「なんです?」
過去を尋ねかけて、踏みとどまった。
今なら話してくれるかもしれない。そう思いはしたけれど、正直に答えてくれなかったときのことを考えてしまう。
「いや、久しぶりに一緒にご飯できて嬉しいから」
「ふふ、どうしちゃったんです? そんな素直に愛を囁くような人でしたっけ?」
「囁きたくなる日もあるってだけ。素直じゃない人を信じさせるには、こうするしかないみたいだから」
食事を終えて、シャンディの耳元に囁く。背後から抱き止めると、華奢な体はとにかく熱かった。春物のカーディガンと浴衣の下は下着一枚。襟の隙間から、黒い肩紐がちらついている。
「まだ早いですよ? お風呂も味わっていませんし」
「まずは貴女を味わいたいので」
「堪え性のない人」
ガシャン、と物音がした。ちょうどお膳を下げにきた若葉マークの若女将が、腰を押さえてわかりやすく慌てている。
「ふふ、せっかくですから見せつけちゃいます?」
形勢逆転とばかりに微笑むシャンディを前にすると、もう何も言えなかった。
この若女将、ホスピタリティ精神がない……。
*
「ん? ミント焚いてんの? 珍しいじゃん」
「あんたのせいでしょ……」
自室のアロマディフューザーが、詰まった鼻に効きそうなペパーミントの煙をもうもうと吐いていた。
みなとみらいの4LDKの一室、凛子の籠城部屋。いまだに琴音を招き入れたことはなく、招き入れるつもりもなかった凛子が折れたのは、室内を我が物顔で闊歩する珍客のせい。
「なんでネコをケージから出すの!」
「狭い檻ん中に閉じ込めるとか可哀想じゃん?」
「おかげで閉じ込められた私を可哀想だとは思わないわけ!?」
「凛子ちゃんには私がいるし」
琴音を部屋に上げる気になったのは、対面じゃないと仕事の打ち合わせをしないと駄々をこねられたからだった。凛子にとって最悪なのが、室内の至るところにあの女のネコが原因物質を振り撒いていくことで。
「どこまで嫌がらせすれば気が済むのあの女は!?」
「おかげで凛子ちゃんの部屋入れたけどねー」
「今ごろ温泉で羽伸ばしてるとか思ったら余計ムカつく!」
ミモザのせいで、琴音と対面できる場所は自室だけになってしまった。おまけに渋々部屋に上げた琴音はパジャマ姿の上に、缶ビールとつまみまで持ち込んでいる。即席パジャマパーティー。
「こっちも羽伸ばそーぜ。琴音のぜんぶ見たいって言ってたしー?」
言って、ニヤニヤ笑いながらボタンダウンを上から順に外していく。まるでムードがない。ちらりと覗く胸の谷間に、凛子はすぐさま目を背けた。
「誘い方が雑なの。酒頼みとかホント無理」
「いーじゃんさー。酒のせいにしちゃえば言い訳も立つしー?」
琴音からは何度も誘われていた。手を変え品を変え、時には純愛めいて、時には無理矢理。それでも凛子はいっさいを跳ね除けていた。裸で室内をうろつく琴音とは違って、凛子は自身の下着姿すら見せていない。
「気分じゃないの」
「いつ気分になんの?」
「私の性欲に聞いて」
「ほら、推しの一糸纏わぬ姿ですよ。凛子さんと仲良くなりたいなあ、わたし」
「それやめて推しが穢れる公式が解釈違い」
「黒須琴音歴24年の大ベテランなんだけどなー、こっちは」
悪態をつく琴音は、普段からお構いなしだった。
スキャンダルを恐れず風俗にまで手を出すくらいだから、人並み以上には性欲が強いのだろう。家どころか移動中の車中、局の楽屋やひとけのないロケ先で、彼女はとにかく求めてくる。どうにか凛子をその気にさせようと、尻に触れたり耳元に囁いたり肩を噛んだり首すじに爪を立てて。
「私のこと嫌いなん?」
だけど、問われたら答えは決まっている。
「前も言ったでしょ」
「ちゃんと言えー」
琴音はどうしようもなく言葉を求める。分かりやすい愛じゃないと理解できないくらいの小学生の男子メンタルだから。
「はいはいすきすき。あいしてますよー」
「ならなんでよ?」
わかってくれないバカさ加減がどうしようもなくムカつくけれど、もう突き放してばかりもいられない。
このバカに向き合うと決めた。付き合うと決めた。なら、言うべきことは言うしハッキリさせる。関係はそうして築き上げていくものだから。
「いいかげん、好きとセックスを結びつけるのやめてほしいの」
「何それ。今さらプラトニックなフリ?」
キャストとして働いてきたから、行為にはなんの抵抗もなかった。求められたらするのは当たり前のことで、そこにはなんの感情もない。カップ麺にお湯を注ぐように、冷凍したごはんをレンチンするように、性欲はお手軽に、インスタントに温まる。
だけど今はお湯やレンチンで温まる衝動じゃない。インスタントな関係じゃないし、そんな関係を築きたくない。
「大事にしたいの」
「推しを?」
「ぜんぶを」
なんの苦もなくやれてしまう作業のようなセックスはしたくない。おざなりに琴音を消費したくない。
だって一度でもインスタントな関係に慣れてしまったら、もう彼女を客のひとりくらいにしか思えなくなってしまう気がしたから。
「んな事言われても分かんないって」
「分かるようになって」
「無茶苦茶じゃん!」
「そ。残念だけど、貴女が好きになったのは無茶苦茶な女なの。芸の肥やしになってよかったね」
いま求めるものは、セックスでもラブラブでもその先の紙切れ1枚の契約でもない。
インスタントじゃない関係。わがままを通せる関係。自分らしくいられる関係。
「せいぜい大事にして。灯台なんだから」
「へいへい」
わがままが通ったので、少しだけ相手をしてあげる。半解凍くらいまで温まっていた性欲にまだ凍っていろと命令して、琴音の四肢を抱き止めた。
「へ……へっくち!」
「あ、さっきまでミモザ抱いてたわ」
「毛まみれじゃ抱けないでしょ、脱いで」
「大事にしたいんじゃなかったんかい」
「見せてくれるんじゃなかったの? 琴音のぜんぶ」
自分自身はまだ与えない。だけど、求めているものくらいは与えてやる。うわべの、皮膚を伝う快楽だけで満足できるのなら、手練手管を見せつけてあげる。
だって彼女はまだ知らないから。
皮膚の下、乳房の底、亀裂の奥。浅い部分の快楽なんて目じゃないくらいの最奥部に潜む、心からの快楽を。
「やっぱり綺麗ね、貴女って」
部屋にあった姿見に、琴音のありのままの姿を写す。その背後に回って、よく見えるように愛してあげる。自分大好きな琴音に、琴音自身が望む本当の姿を見せてあげる。
「女優にこんなことさせるの、凛子ちゃんくらいだよ」
「したかったんでしょ? こういうこと」
耳元に囁いて、息を吐いて。かじりついて。舌先と指先だけで、愛を伝える。知らしめる。
「気持ちいい?」
「絶対、言わねー」
「そ。よかった」
言いつけを守っていい子にしたら、今以上のご褒美が待っている。適当なことばかり並べ立てる女だから、嘘のつけない体に刻み込む。
ダメな女優を躾けるのは、マネージャーの仕事。そして、凛子がなによりやりたいことだ。
*
「いよいよ、開封の儀ですね」
湯上がりのビール——いったい本日何杯目なのか——をキメながら、敷かれた布団の上に並んで座った。
例の若女将が察したのだろう、布団はぴったり隣り合って敷かれてある上に、枕元にはティッシュ箱が置かれている。あらぬ方向に気を利かせすぎだ。ホスピタリティが暴走している。
「開けたくなかったんだけどね……」
「遊戯だなんて言うからですよ。恨むなら数時間前のご自身を恨んでくださいな」
「はあ……」
憂鬱だ。中身なんて開けなくても、3つのうち2つはネタが上がっている。董子のプレゼントボックスを開封して——やっぱり中身は予想通りのもので——しょうがなくシャンディの前に並べた。
「ひとつめ。《媚》ではじまるドリンク剤」
「どう見ても媚薬ですね」
「ふたつめ。透けてる下着」
「まあ、えっち」
「みっつめ——」
並んだ茶色の小瓶と、黒のランジェリーから視線を逸らして、箱の奥底を見つめた。小箱の大きさは、名刺よりひと回り大きいカードサイズ。厚みといい、シャンディ予想のトランプの線が濃厚になってくる。
「——なんかの箱。以上!」
「開けてみますね?」
終始上機嫌なシャンディが、小箱を開けて中身を取り出した。裏地のチェッカー模様で、どう見てもトランプだとすぐ分かった。
鬼怒川逍遥遊戯、美琴の負け。
「ふふ、美琴?」
シャンディの言いたいことはもう分かった。
「分かってるよ、私の負け! 煮るなり焼くなり好きにして!」
「いーえ。あたしの負けみたいですよ?」
「え? トランプじゃないの? それ」
手を伸ばして確認しようとしたけれど、彼女は裏向きに伏せたままシャッフルし始めた。外見もカードを切る動作も、どう見たってトランプだ。
「ただのトランプではなかったようですから。そこまで当てられなかったのだから、あたしの負け。そして負けたので、親のシャッフルから遊戯開始」
「親?」
「ジジ抜きにしましょう。1枚抜きますね」
ちょうど半分、ランダムに配られたトランプならざるトランプを手に、シャンディは手札を捨てていく。
よく分からないが、シャンディは鬼怒川逍遥遊戯に負けた。だから、負けた悔しさをジジ抜きで発散させるつもりなのかもしれない。
「まあ、そういうことなら負けませんとも」
「そうあってください」
ジジ抜きはいい。ジョーカーを押しつけ合うババ抜きと違って、何がハズレカードなのか最後まで分からない。ハズレが分からないということは、心理戦に持ち込まれたって勝機がある。だって正解が分からないのだから。
配られた手札からダブりを捨てていこうとして——
「何このトランプ!?」
——絶句した。
トランプには、スートと数字以外に、1枚1枚手書きの文字が書かれている。
ダブりを捨てた美琴の手札に並ぶ言葉は。
『大好きな体の部位を言って、ぺろぺろ』
『脳がとろけちゃうような告白をプリーズ』
『誰にも言えない恥ずかしい話。ハズバナ!』
『コスえっち』
「こ、これは……」
「お手製の18禁トランプです。さすが董子さん、ナチュラルにイカれてますね。ふふ」
「なんでこんなモノ作ったの!?」
シャンディの手札は3枚。美琴の手札4枚のうちに、ジョーカー以上のジョーカーが紛れ込んでいることになる。
どの札が残っても嫌だ。勝っても負けても羞恥地獄が待っている。それでも目の前の困ったゲーマーは、らんらんと瞳を輝かせていた。
「始めましょうか。董子さんプレゼンツの、禁断の
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