quiet talk #7 : Blushing Wolf / ep.2

 犀川ひふみです。シンガーソングライターです。

 どういう訳か隣人・黒須琴音に玄関ドアを叩かれて、向かうは共通点の見えない奇妙な女達の園。ディス・コミュニケーション能力に定評がある私にできることは、女どもの会話をただ聞き流すことだけ。

 なおこの時、決して相づちを打ってはいけません。話を聞いていると誤解されてしまうと、共感と意見を求められるから。

 私はこの場では空気。会話をしたくない。意見を交換したくない。

 共感などしてほしくない――。


 ――と、私自身の話は置いておきましょう。

 今宵の私は人狼遊戯ゲーム司会者ゲームマスター。かしましい女達の観測者です。


 *


「そういや、みんな人狼やったことあんの? 私のインスタ見てる凛子ちゃんは知ってるだろうけど」

「あたしは名前だけですね」

「人狼やれる友達いないからでしょ」


 ソファはコの字型、一辺に二名ずつ。おそらくはパートナーごとに六名の女性が座っている。コの字の隙間部分に立つ私から見て、左から美琴・シャンディ。琴音・凛子。そして早苗・董子の配置。

 「ルール知ってる人挙手」琴音に続いて手を挙げたのは、凛子と董子を合わせた三名。初心者のいる人狼の司会は面倒くさい。段取りを知らない人間がいると口を開く機会が増える。


「説明してやって、ひふみ」


 ほら面倒が来た。なるべく最短手で説明を終えることにする。


《これから行う人狼ゲームは、昼は人間のフリをして夜は人間を喰らうオオカミに変身する怪物【人狼】を、皆さんで推理して正体を突き止め処刑することが目的です》


 そして、机の上に並べた役割カードの説明をする。


 【人狼】は、夜パートに【村人】を襲撃する者。勝利条件は、【村人】を同数以下――六人制の場合、自身を合わせて二人になるまで生き残ること。

 【村人】は、なんの能力も持たない者。勝利条件は【人狼】の追放。

 【占師】は、任意の人物が【人狼】か調べる能力を持った【村人】。勝利条件は【村人】と同じ。

 【狩人】は、任意の人物を【人狼】の襲撃から守る能力を持った【村人】。勝利条件は【村人】と同じ。

 【狂人】は、分類上は【村人】だが【人狼】の味方。勝利条件は【人狼】と同じ。


 一息ついて、ルールを知らない者――美琴、シャンディ、早苗の顔色を窺う。分かったような分からないようなと言った表情。


「早苗はなんとなく分かった?」

「……ええ、役割によって思考ルーチンが変わることは理解できました。自身の正体を隠し続けねばならない【人狼】はもちろん、能力を持った【占師】、【狩人】もなるべく自身の正体を秘匿せねばならない」

「ええ、オオカミさんに真っ先に狙われちゃいますものね」

「……なるほど?」


 初心者の早苗とシャンディは、役割ごとのセオリーまで理解しているようだった。余程この手の心理戦が得意なのかもしれない。

 たとえば仮に、自分が【人狼】だと仮定しよう。

 【人狼】は正体を知られてはならない。知られたら最後、投票で吊られ敗北が決まるから。だからこそ正体を【村人】だと偽りながら、自らに対して不利に働く人物に【人狼】の疑いをなすりつけなければならない。

 こういったセオリーは、役割ごとに存在する。六名の中で唯一、美琴だけは未だにはてなマークを散らしているようだが、ひとり分からないくらいならやってみせた方が早い。


《では役割カードを引き、「私は村人です」と宣言してください》


 ――人狼ゲームを始めよう。

 シャッフルして裏向きにした役割カードを一人一枚選び、カードを見た上で「私は村人です」と宣言させる。当然この段階で動揺するようではゲームにならない。全員、それぞれにポーカーフェイスと思しき表情を見せている。

 誰がどの役割か、この段階では司会たる私にも分からない。分かるのは最初の夜パートだ。


《夜になりました。皆さん、目を閉じて眠りについてください》


 指示で、六名全員が目を瞑る。薄目を開けている裏切り者がいないか確認して、初回処理を開始する。まずは【人狼】の確認から。


《【人狼】の方は目を覚ましてください》


 瞼をあげたのは、早苗。表情筋ひとつ微動だにしないポーカーフェイス。先ほど話したルールを即座に噛み砕いたところからして、かなり頭の回転は早い。

 確認を終えたので再び早苗を眠りにつかせ、次は【占師】の確認と占いの処理。


《次に【占師】の方。目を覚まして、誰を占うか指さしてください》


 瞼をあげたのは、凛子。ルールは知っているようだが、どこか恐れが表情に表れている。プレイヤーが白か黒か判別できる【占師】は、情報が集約しやすい役割だ。ロジックパズルに自信がないというところか。

 凛子が指さしたのはシャンディ。【人狼】は早苗だから、占いは空振りだ。

 私は空中に「人」の字を書き、唇を「ひ・と」と動かす。悔しそうに凛子は目を瞑った。


 ――彼女らの人間観察は面白い。

 特例として、他の役割も明かしておくことにしよう。


《今回は初プレイの方が三名居ます。残りの役割も確認させてください》


 それぞれ目を覚まさせ役割を確認する。結果、以下の通り。


 【人狼】:早苗

 【村人】:美琴・董子

 【占師】:凛子

 【狩人】:琴音

 【狂人】:シャンディ


 初心者だが頭の回転が早そうな早苗・シャンディが人狼陣営。

 同じく初心者の美琴は鈍そうだが、経験者の多い村人陣営。配剤はまずまず。


《夜が明けました。皆さん目を覚まし、会話を初めてください》


 ――推理開始。


「ん。私実は【人狼】だよーって人いる? 姉ちゃん違う?」

「そうだとしても言うわけないでしょ……」


 琴音の牽制にもならない牽制から会話が始まった。

 全員、表情こそ取り繕っているが内心は疑心暗鬼。【人狼】早苗は特に、ひとりずつ表情を見定めている。飢えた獣の目だ。


「【占師】は隠れてるみたいだねー。空振りだった?」

「ええ。占いの結果が無意味であれば、正体を明かすより黙っていた方が賢明でしょう」

「私が【占師】だったとしたら、真っ先にシャルロット疑うよね」


 董子と早苗の会話に乗っかり、【占師】凛子は他人事のようにしれっと振る舞う。凛子が気にしているシャンディは白判定だが、正体は【狂人】だ。


「あら、ありがとうございます。あたしはオオカミさんでした?」

「仮に占ったら、って話だから。どっちだろうと真っ先に吊ってる」

「白井さんに同意します」

「がおーう」


 凛子、早苗からの開幕吊り宣言にも動じず、【狂人】シャンディはわざとらしくおどけてみせた。彼女は普段からこうなのかもしれない。


「そもそも、【占師】を守るために【狩人】が居るのでしょう? 名乗り出た方が安全じゃありません?」

「そうだぞ【占師】出てこーい。【狩人】様が守ってくれるってー」


 シャンディと【狩人】琴音の誘いの一手。だが凛子は名乗り出ず、六名は薄ら笑いかポーカーフェイスを浮かべて硬直。全員が出方を窺っているばかりで情報は増えない状況。

 問題は先ほどから一言も喋っていない初心者、美琴だ。


「ふふ、美琴? 喋ってないと疑われちゃいますよ? オオカミだって」

「わ、私は違いますからね!?」

「焦りすぎですね。怪しいです」


 人狼ゲームは究極、ウソをつくゲーム。本心を覆い隠せないタイプの人間はそもそも向いていない。

 私から見る限り、ポーカーフェイスが危ういのは美琴と凛子。早苗は表情筋が死んでいるかのような仏頂面を保ち、琴音とシャンディは攻撃的な笑みを、董子は【村人】ゆえに無責任だからか、ただニコニコ楽しそうに笑っている。


「んじゃ姉ちゃんは誰が人狼だと思う? ビギナーズラック頼むよ」

「……琴音じゃないの?」

「正解。姉ちゃんには黙ってたんだけど私【人狼】なんだよねー」

「じゃあ私も【人狼】! 早苗を食べちゃうぞー!」

「ふふ。仲睦まじいことで」


 経験者の琴音・董子が村人判定にも関わらず場を荒らしている。この場はナチュラルに狂人まみれだ。間違いなく大荒れする。

 「早苗さんは誰が【人狼】だと思いますか?」美琴の言で、【人狼】たる早苗はゆっくりと口を開いた。


「さっぱり分かりません。が、早々に潰しておきたいのはそこの金髪女です」

「確かにシャン姉はこういうの得意そうだからなー」

「ぶー。もっと遊びたいんですけど」


 日頃の行いが裏目に出たか。シャンディを吊る流れだ。

 凛子は口を開けて何か言いかけるも発言を見送る。シャンディは【占師】凛子から見れば【村人】だ。吊るべきではない。


「待って。むしろ美琴さんの言うとおり、琴音が怪しいんじゃない?」


 凛子の発言。それを受けで早苗の眉が動く。シャンディを吊る流れを断ったことに違和感を覚えたか。だいいち、先の凛子の「真っ先に吊ってる」発言とも矛盾している。凛子の悪手だ。


「いやいや。自分で【人狼】ですなんて言うバカいないでしょ」

「だから逆に! そうやって揺さぶる魂胆なんじゃないの!?」

「冗談じゃんさー。機嫌直してよ凛子ちゃーん」

「触らないで! 接触拒否!」


 状況は大きく変わらず牽制が続くのみ。そろそろ昼パートの制限時間が近い。


《それでは中間投票を行います。処刑するべき人を選んでください》


 「せーの」の声と共に、六名が一斉に指を突き出した。


 2票:琴音 ← 美琴・凛子

 2票:シャンディ ← 早苗・琴音

 2票:早苗 ← シャンディ・董子


 案の定、票が割れてしまっている。

 【人狼】の疑いをかけられた琴音がまずは口を開いた。


「ちょっと待ってよ、冗談じゃん? 本気にしちゃダメだって」

「なら考え聞かせてみなさい、お姉ちゃんに」

「こんな時だけ姉貴面かよ。えーとなあ……」


 【狩人】は、役割の告白がほぼ許されない。その能力の厄介さから、正体を明かせば真っ先に狙われるのだ。つまり【狩人】のセオリーは、【人狼】と疑わしき人間にすり寄って、自身は利用価値のある人物だと信じ込ませねばならない。

 つまり、琴音が誰に味方するかに注目すれば、彼女が誰を【人狼】と疑っているかが分かる。


「正直、シャン姉吊っときたいんだよね。何考えてんのか分からんし」


 琴音は中間投票の判断を変えなかった。つまり琴音が【人狼】だとにらんでいるのは投票したシャンディと、同じくシャンディに投票した早苗である。琴音からすればどちらも敵だ。いい読みをしている。


「まあ、シャンディさんをどうにかしたい気持ちは分かるけど……」

「あら、美琴はあたしを信用してくれたのでは?」

「現実と遊戯は違うから」

「そうですね。疑わしきは罰するまで。シャルロットで決まりでしょう」


 早苗の発言で、シャンディを吊る流れに戻る。【人狼】の仕事は、他人に【人狼】の容疑を着せることだ。だが、やりとりを黙っている見ている凛子には分かっている。シャンディは【狂人】だが【人狼】ではない。シロが確定している。

 無駄な犠牲を払うのは避けたかったのだろう、凛子が流れをぶった切った。


「シャルロットは【村人】だよ。【狂人】の可能性もあるけど」


 凛子は事実上のカミングアウトに出た。【狩人】が場にいる今ならば、少なくとも1ターンは【占師】は守られるという判断だろう。

 これで状況が大きく動いた。


「凛子ちゃんそれ【占師】って明かしてんの?」

「そうよ! ほら、誰か騙りはいないの!?」


 【人狼】早苗と【狂人】シャンディが凛子を見つめる。眼光が鋭い。どちらも分かっているのだ、【占師】の単独カミングアウトは自分達に不利に働くことを。

 凛子はリスクを冒してまでカミングアウトを選んだ。となれば、他プレイヤーから【占師】凛子の発言は信頼されやすくなる。主導権を握った格好だ。

 そこで焦るのが琴音だ。なんせ主導権を握った凛子が疑っているのは、誰あろう自分自身。本来なら守るべき相手から一番に疑いの目を向けられている。皮肉だ。


「ふふ。あたしは無実の【村人】のようです。残念ですね、早苗さん。琴音さん?」


 【占師】を騙る者が現れないのでシャンディの発言が信頼されやすくなる。当然、発言に信頼性が増せば、【人狼】に狙われやすくなる。


 状況を整理しよう。

 凛子は【占師】の可能性が高く、シャンディは【狂人】の可能性が残る。

 となれば、【人狼】早苗がまず狙うのは【占師】凛子だ。

 【狩人】琴音も、【人狼】が誰かは分からなくとも【占師】凛子を守りに動く。

 ただしそれはこの昼パートで処刑から生き延びればの話。


 当事者たる早苗と琴音が視線を合わせる。双方とも吊られる訳にはいけない状況はまさにデッドロックだ。

 ここで状況を見守っていた董子が口を開いた。


「実は私【村人】なんだよね。だから判断迷うなら吊ってもらっていいよ。次のパートで推理してもらえばいいから」


 人狼ゲームの大前提は生き残りだが、時にこういうルールを逸脱した行動に走る【村人】が現れる。【村人】以外の役割であれば「吊ってほしい」なんて普通は言い出さないため、逆説的に董子の信頼性は一気に高まる。


「じゃあ私、董子さんにしとくわ。悪いね」


 琴音の票が移る。


「不本意ですが、致し方ないでしょう」


 早苗の票も移る。


「では、尊い犠牲ということにしておきましょうか」

「……そうね。今はそれが妥当かも」


 シャンディ、凛子の票も董子に移った。

 展開について行けていない美琴も、空気を読んだのか「じゃあ」と董子を指さす。

 昼パートでの処刑者は決まった。


《では、董子さんを処刑します。最後に、残していく推理はありますか?》

「そうだねー……」


 董子は「うーん」と唸ってから口を開く。


「たぶん、【人狼】は早苗か琴音さんだよね、口数多かったし。で、凛子さんの言葉を信じるなら、シャンディさんは【狩人】か【狂人】かな。だって私は【村人】だし、ほとんど喋ってない黒須さんはきっと【村人】だから」


 董子が残した推理は正解だ。終始楽しげに状況を見守っていただけとは思えない洞察力には驚かされる。村人勢力は惜しい人物を亡くすことになった。


「なるほど……」


 董子の発言からだいぶ遅れて、【村人】美琴が納得したように言葉を吐いた。彼女はこのゲームにまるで向いていない気がする。


《時間です。董子さんは処刑されました》

「早苗愛してるー! ばたっ」


 大げさに愛を叫んで、賢者・董子はゲームを降りた。

 いよいよ、夜パートが始まる。


《夜になりました。生き残った皆さんは目を閉じてください》


 董子以外の生存者五名が目を瞑った。董子にとっては、一足早い答え合わせの始まりだ。


《まずは【占師】のかた、目を開けて、誰を占うか指さしてください》


 目を開けた凛子は、董子と視線を合わせて笑い合う。予想が的中したことを喜んでいるのだろう。直後、凛子は迷いつつも琴音を指さした。

 【占師】、ハズレ。

 【村人】を示すサインを見て、凛子は残念そうに目を閉じる。


《次に【狩人】のかた、目を開けて、誰を守るか指さしてください》


 目を開けた琴音が、やはり董子と視線を合わせて笑う。先の凛子相手の時と同様、秘密の共有はどこか気恥ずかしいものだ。

 【狩人】琴音が指さしたのは凛子だ。状況から、もっとも優先すべきは【占師】の確率が高い凛子だと判断したのだろう。董子は興奮気味に身体をくねらせていた。琴音と凛子の組み合わせに何か思うところがあるのだろう。


《最後に【人狼】のかた、目を開けて、誰を襲撃するか指さしてください》


 目を開けた早苗が、決まり悪そうな顔で董子と視線を合わせた。誰を食い殺すか考えている早苗を、終始にこにこした笑顔で董子が見守っている。仲良し婦婦ふうふだ。

 早苗が襲撃相手として指を指したのは凛子――ではなく、凛子を守る【狩人】琴音。

 セオリーを外し、賭けに出たのだ。結果は早苗の勝利。


《……朝になりました。皆さんが目を開けると――》


 いっせいに瞼を開いた五名の生存者に、夜の結果を告げた。


《――琴音さんが無残な姿で発見されました》

「マジかー。ぐえー」


 琴音の悲鳴に次いで、凛子が目を丸く見開いた。

 凛子の驚きはこうだろう。

 【占師】をカミングアウトしたことで【狩人】に守られるのはほぼ確定になったはずだった。だが【人狼】はセオリーを外したのだ。この瞬間、凛子から見て【人狼】は早苗か美琴の二択になる。


「凛子さん、占いの結果はどうだった?」

「あ、ええと……」


 【人狼】かも知れない美琴からの問いかけに凛子は戸惑う。も、その隙を突いてシャンディが口を開いた。


「凛子さん、そろそろウソは辞めてはいかが? あたしが真の【占師】なのに」

「はあ!?」


 【狂人】動く。

 凛子の怒りはもっともだ。この局面での【占師】騙りは遅きに失しているが、ここで動かない限り勝ち目はない。シャンディは「ふふ」と微笑んで大嘘を吐く。


「先ほど占った結果を発表しますね。オオカミは凛子さんです」

「いや違うから、私がホントの【占師】! 貴女【狂人】でしょ!?」

「なら貴女の無実を証明してみせてくださる?」

「そうですね。【占師】である根拠をお伺いしたいです」


 あろうことか、凛子は【占師】なのに【人狼】の汚名を着せられる。ここで無実を証明できなければ、決着の行方は分からない。


「だっておかしいでしょ!? 私が【占師】だって告白してもシャルロットは黙ってた! 今になって言い出すなんて絶対ウソ!」

「それは根拠にはなりませんねー。だって、偽物の【占師】を泳がせてただけかもしれませんし」

「私は本物だから!」

「ふふ、どーだか」

「この女……!」


 どうやら凛子とシャンディはゲーム外で仲が悪い。その関係性をゲームの中に持ち込んでいる。身内で人狼ゲームを行うと、日頃の行いがモノを言うロジックを無視した展開に陥りやすい。

 感情露わに半ギレの凛子もまた、このゲームには向いていないのだろう。思考もやや短絡的だ。


「私も【人狼】は白井さんではないかと考えます。もし貴女が【占師】だとすれば、本来は真っ先に【人狼】に狙われるはず。ですが貴女は今、生き残っている。なぜでしょう?」


 【人狼】早苗もまたハッタリを仕掛ける。もちろん、早苗が凛子を狙わなかったのは、【狩人】に守られることがほぼ確定していたからだ。夜パートであえて凛子を泳がせた事実を咄嗟についたウソの補強に使っている。鮮やかだ。


「なぜって、それは! 【人狼】が私を狙わなかったからでしょ!?」

「いーえ、こうも考えられますよ? 凛子さんが【人狼】だからこそ、今も生き残っている。ちなみにあたし、初手で琴音さんを占いました。結果は【村人】でしたけど、琴音さんはおそらく【狂人】」

「そうですね」


 早苗はおそらく、シャンディが【狂人】だと気づいている。そして同時に、シャンディも真の【人狼】が早苗だと気づいている。

 生存者四名のうち二名――人狼陣営はすでに全員の役割を把握していることになる。となれば、後は罪を着せて自らの身の潔白を証明すればいいだけだ。

 正体を把握していないのは凛子と美琴、村人側二名。


「二人ともウソつかないでよ!? 早苗さんが【人狼】でシャルロットが【狂人】なんでしょ!?」

「黒須さんはどう思いますか?」


 早苗は美琴の判断を仰ぐ。

 人狼陣営勝利の鍵は、このゲームに適正のない美琴が握っているのだ。


 再び整理しよう。

 いま、美琴の前に提示された可能性は二つ。

 ひとつは凛子の発言を信じること。【人狼】が早苗で、【狂人】がシャンディ。こちらは正解だ。

 もうひとつは人狼陣営の発言を信じること。【人狼】が凛子で、【狂人】はすでに食い殺された琴音。こちらは真っ赤なウソ。


「うーん……。シャンディさんの占いを信じると、凛子さんが【人狼】?」

「違うよ美琴さん!? 信じてよ!?」


 口を開くのは、理詰め巧者の早苗だ。


「黒須さん、思い出してみてください。琴音さんの動きが妙だったとは思いませんか? 特に、白井さんの機嫌を損ねた直後に、詫びに回ったところなど」

「え、ええ……。まあ、あんなことするならはじめから【人狼】だなんて言うなとは思いましたけど……」

「あの琴音さんの行動って、自分が【狂人】――つまり味方だと凛子さんに気づいてほしかったんだと思いません? あたしだったらそう推理しますけど」

「そうなの、琴音?」


 美琴は素人丸出しである。すでに死んだ人間に聞いてはいけない。琴音はにへらと笑うだけで、ウーバーに頼んで玄関前に配達させた料理を回収に向かった。


「ちなみに私は、正体を隠していましたが【狩人】です。つまり現状は、村人側3、人狼側1。数的優位は我々にあります」

「いやいやいやいや! 絶対ウソ! 信じちゃダメだよ、美琴さん!?」

「こうなると、あたしと凛子さんのどちらを信じるか、ですね? ふふ」

「う、ぐ……」


 美琴は閉口して言い淀む。どうやら人間関係が複雑らしい。

 しかし、早苗とシャンディはウソが猛烈に上手い。

 たとえば、早苗が凛子を泳がせたことを逆手に取って、凛子が【人狼】だから食い殺されなかったとしたり。

 どうにか凛子を守ろうとアプローチした琴音を、【人狼】にすり寄る【狂人】の行動だと説明したり。

 人狼陣営は、自身達に都合のいい会話を恣意的に切り取って、ウソの裏付けに使っているのだ。美琴には、凛子の【占師】カミングアウトの信憑性が霞むほどに感じられるはず。


《時間です。【人狼】と思われる人に投票をしてください》


 ウソつき二人は迷わず凛子を指した。凛子が指したのは早苗だ。

 美琴の指は、早苗と凛子の間を往復している。


「美琴さん!? そんな女の言うこと信じちゃダメだから!」

「美琴はあたしのこと信じるって誓ってくれましたものね?」

「姉ちゃん早く決めろよー。料理冷めちゃうんだけどー」

「分かってるけど! 決めらんない……!」


 私もお腹が空いている。早く決めてほしい。


「黒須さん。信じていただければ、今後はよりお仕事に便宜を図ります」

「ならあたしも、お店のチャージ料金を値引きしてあげちゃおうかしら」

「う……それは願ってもない……」


 早苗とシャンディの誘惑にはよほど抗いがたいらしい。美琴の指は、苦し紛れに凛子へと向かう。


「ゲームに関係ないこと持ち出すのズルい!」

「じゃー凛子ちゃんもなんか出したら?」

「あ! 黒須さんにマッサージしてあげちゃうとかどうかな!」


 一方で、琴音と董子は凛子が何を賭けのテーブルに載せるかで盛り上がっている。凛子はマッサージが上手いらしい。整体師でもやっているのだろうか。

 凛子は何かを決意したようにまなじりを固く、半ばキレ気味に叫んだ。


「私を選んでくれたら全身マッサージしてあげる! 自信あるよ!? 美琴さんの心も体もトロけさせてあげるから!?」

「と、トロけるのは勘弁して!」


 美琴の心は決まったようだった。ゲームの結末はあっけない。美琴はウソに踊らされ、凛子を手に掛けてしまうこととなったのだった。


《では、凛子さんを処刑します。夜になりました、眠りについてください》

「あああぁあぁぁーっ!?!?!?」


 凛子の絶叫が響き渡る中、瞳を閉じたのは美琴だけだった。

 勝ちを確信し合った人狼ゲームの勝者――早苗とシャンディが、不気味な笑顔を貼り付けて見つめ合っている。


 ――この二人は、敵に回さない方がいい。

 もうこの場にはいない【占師】と【狩人】のターンを処理しながら、私は密かにそう思ったのだった。


《では【人狼】のかた。いらっしゃいましたら、どなたを襲撃するか指さしてください》


 早苗は当然、美琴を指す。直後、シャンディが美琴の耳に噛みついた。


「ひいっ!?」


 美琴の悲鳴。勝敗はここに決したのだった。


《朝になりました。【人狼】を含めて二名となったため、人狼陣営の勝利です》


 美琴はソファにうずくまった。その様子を、同じく自爆してしまった凛子以外の四名が笑っている。


「ふふ。信じてくれると思ってましたよ? ねえ、早苗さん」

「そうですね。文脈ありきの決着になってしまいましたが」

「二人とも信じられなくなりそう……」

「私は美琴さんが信じられないよ!?」


 ケタケタ笑っている琴音と、それに先んじてテーブルの上に董子が料理やら酒やらを並べていく。こんな時間からピザやフライドチキンが並ぶのは、注文した琴音の趣味。ワンパクお夜食だ。


「じゃーま、とりあえずかんぱーい!」


 琴音の音頭でようやく、打ち上げが始まった。

 この六名にどういう共通点があるのかは、出会って一時間も経っていない私には分からない。だがそれでも人間関係はなんとなく掴めた。収穫は充分だ。


「ありがとねひふみ。面白かったっしょ?」

「…………そう、ね」


 琴音の問いかけに、私は小さく頷く。

 彼女らの間に結ばれた見えない人間関係の糸は、私・犀川ひふみの楽曲作りのネタになる。

 ――な女達。


「オオカミ早苗かわいかったー! でもどうせなら早苗に食べられたかったなー!」

「……そうですか」

「あらあら。奥さんの前では照れちゃうんですねー?」

「シャン姉のだって似たようなモンじゃん? でしょ、未来の奥さん?」

「ノーコメント! ていうか凛子さん、ごめん!」

「……お詫びにマッサージさせてくれるなら考える」


 六名はめいめいに、料理に酒に会話にとかしましい大宴会を始めたのだった。

 長い夜になりそうだ。今宵は彼女らの観察を酒の肴に、愉しもうと思う。

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