43.翠幻竜への誘い

 ゲーム同好会の皆と第二の試練をクリアした翌日は、ヘファイストスからの依頼を丸一日使ってこなした。

 どうやら、翠幻竜を攻略する目的で緑妖精を倒すパーティが増えたらしい。

 そういった依頼は、生産スキルレベルが低いプレイヤーに回し全体の底上げをしてきたらしいのだが、遂に手が回らなくなってきたそうな。

 俺としても、ユニーク装備の生産はトレーニングになるから一日分は喜んで引き受けたけど、これって大丈夫なのかね?


「ふむ、それで昨日はあんなに忙しかったというわけだな」

「そういうことです、フォレスト先輩。今日も依頼は入ってますけど」


 今日は珍しく、フォレスト先輩がひとりで俺の工房に来ていた。

 特に依頼があるわけでもなく、暇だったのでぶらりと立ち寄ってみた。とのこと。

 俺も急ぎの用事がなかったために、一緒にお茶を飲んでいる。


「でも、フォレスト先輩って受験生じゃないんですか?」

「うむ、受験生だぞ。これでもきちんと勉強をしているから、そんなに心配するな」

「そうなんですね」


 ちなみに、今日の昼間は皆GWゴールデンウィークの宿題をやっているとか。

 夜には再びギルドクエストの続きをやるらしい。


「そういえば、第三の試練でしたっけ。あれはクリアできたんですか?」

「クリアできたぞ。なんというか、紅幻竜のバージョン違いといった感じだったな。そのおかげで、あまり苦労せずに倒すことができたよ」

「それはよかった。……紅幻竜、かなり周回しましたからね」

「そうだな。いやはや、わたしのドロップ運は微妙だった」


 いまとなっては笑い話だけど、あの日はすごく大変だった。

 紅幻竜の生産道具を作るための素材が一式揃っていたのはありがたかったけど。


「それにしてもだ。紅玉幻竜装備を身につけていると、いまでも視線を感じてしまうのはなんでだろうな?」

「ああ、それですか。まだあまり紅玉幻竜装備が出回ってないからですよ」

「ふむ? 私たちの装備が完成してからそれなりの日数が経っていても、まだ完成しないのか?」

「ですね。主に素材品質が一定以上になっていないので」

「なるほど、把握した。それであまり出回らないというわけか」

「そうなります。ヘファイストスとしても、完成したって話はあまりないそうですね」


 大旦那や若様と話した日以降、紅玉幻竜装備はぼちぼち完成しているらしい。

 条件としては、赤妖精装備を素材にして品質がS-以上になれば紅幻竜から紅玉幻竜に置き換わるそうな。

 ただ、装備の最終品質がS-になるには、持ち込まれる素材の品質もAやBが必要なわけで……そっちで苦労しているらしい。

 最近は高ランクの解体ナイフが売れているらしいので、もうじき品質問題は解決しそうだけどね。


「……しかし、エイトの作ったジュースはうまいな。なにかコツでもあるのか?」

「ゲームですし、そんなにコツはないんですけどね。スキルレベルの問題とか?」

「そういうものかな。……私は生産スキルを取っていないので、よくわからないが」


 フォレスト先輩は、戦闘系プレイヤーによくありがちな生産スキルゼロのプレイヤーのようだ。

 ……まあ、生産アイテムが欲しければ、自分で作るよりも買ったほうが早いのは事実だけど。


「生産、楽しいですよ?」

「βテストのときに少し触ったが……私には向かなかったな。細々とした作業を延々と繰り返すのは苦手なんだ」


 おや、ちょっと意外かも。

 フォレスト先輩ってなんでもこなせそうな気がするのに。


「……その目はあまり信じていないな?」

「そんなことはないですよ。ちょっと意外でしたが」

「まあいい。それで、エイトは今日暇なのかな?」

「どうでしょう? 昨日の状況を考えると、このあと緑妖精装備の依頼が飛び込んできそうですけど」

「いまのところは用事がないのだな?」

「ですね。なにか作ります?」


 フォレスト先輩が俺に用事となると、基本は作製依頼だろう。

 というか、作製依頼であってほしい。


「うむ、少し作ってほしいものがあってな。錬金系統なのだが、『アンカーストーン』は作れるか?」

「『アンカーストーン』ですか。ちょっと待ってください」


 俺は錬金アイテムのレシピリストを検索し、目的のアイテムがあるかを確認する。

 結果、『アンカーストーン』は問題なく作れることがわかった。


「……うん、大丈夫ですね。ちなみに、どれくらいの数が必要なんです?」

「逆に聞くが、現状どれくらいの数を用意できるかね?」


 用意できる数か。

 素材の在庫を確認して……と。


「うーん、十個くらいですかね。もっといります?」

「できれば三十くらいはほしいな。一発クリアは難しいだろうから」


 一発クリア?

 どこかのボスに挑んでくるのだろうか。


「一体なにに使うんですか?」

「おや、エイトは知らないのか。ならば答えるが、翠幻竜グリューンヴィンドを倒すときに便利になるアイテムだよ」

「そうなんです?」

「ああ。翠幻竜は突風攻撃によるスタンと、フィールドでランダムに発生する竜巻攻撃が厄介なモンスターだ。だが、『アンカーストーン』があれば、スタンの確率を下げ、なおかつ竜巻による巻き上げも無効化できるのだよ」


 そんな使い道があったのか。

 このアイテムって、基本的にノックバックを無効化するだけだと思っていたんだけど。


「初耳ですね。……若様とかに聞けば教えてもらえたのかな?」

「だと思うぞ。各所で量産体制が組まれているらしいのでな」

「わかりました。可能な範囲で作っておきますよ」

「頼んだぞ、エイト。……ちなみにだが、一緒に翠幻竜を倒しに行かないかな?」


 うーん、戦闘か。

 どうしたものかな。


「前みたいに回復主体でいいならいいですよ。あまり攻撃力を期待されても困るので」

「それは承知の上さ。同じゲーム同好会仲間として、効率は無視し一緒に楽しもうじゃないか」


 楽しむ……楽しむか。


「……うん、どうしたのかな? うっすらと笑みが浮かんでいるが」

「ああ、いえ。俺が戦闘系コンテンツを楽しみにするなんて……と思いまして」

「ああ、そうか。そういえば、ゴウワのヤツも昔は戦闘を嫌がっていたな」


 ほう、それは初耳。


「いまは時間があれば自分でも狩りに行っているらしいですよ、大旦那」

「そうかそうか。それはよかった」


 なにがよかったのかはわからないけど、そういうことにしておこう。

 そのあと、翠幻竜に挑む時間などを決めると、フォレスト先輩は帰っていった。

 さて、俺も頼まれたアイテムを準備しないとな。

 素材があればすぐにできるけどね。

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