41.依頼分担

「本当に、ちょうどいいところに来てくれたな、エイト。とりあえず座ってくれ」


 座るように促されたので、大旦那の近くの席に着く。

 大旦那も椅子を引っ張り出してきて、おれの対面側に座った。


「それで、ちょうどいいってどういうわけだ? 俺としては施設の見学が終わったら、依頼を引き受けて帰りたいんだけど」


 対面に座っている大旦那に、用件を尋ねる。

 すると、大旦那も待ってましたといわんばかりの顔で反応してきた。


「本当にちょうどいいな。俺からの話は、翠幻竜装備の依頼についてなんだ」

「……確かに、ちょうどいいな。それじゃあ、話し合いといこうか」


 俺がここに来た理由は、翠幻竜装備の依頼を受けるためだ。

 そのために、前提条件である緑妖精の鍛冶道具を揃えたんだし。


「まず、緑妖精の鍛冶道具は持ってるんだよな、エイト?」

「ああ、午前中のうちにフラスコに作ってもらったよ」

「なら結構。依頼人の指定で、最低でも風属性特化の道具を持った生産者に依頼したい、ってことだったからな」


 なるほど、依頼者側の指定だったわけか。

 あれ、でもそうなると……。


「緑妖精の生産道具ってそんなに出回っているのか?」

「いんや、そこまで出回っていない。なので、緑妖精の素材を大量に持ち込んでもらったよ」


 それを各生産者に配布して、緑妖精の生産道具を揃えたらしい。

 依頼者側としても、自分たちで指定した条件を変えることもできず、緑妖精周回をしてきたそうな。

 面倒な条件を突きつけてきた結果なんだから、同情はしないけど。


「それじゃあ、生産者側も十分な人数になったというわけか」

「そうだな。あとは依頼の割り当てをどうするかなんだよ」


 大旦那が頭をかきながら、そんなことを言ってくる。

 とはいえ、俺には割り振りを決めるなんていう権限はない。

 したがって、大旦那に頑張ってもらうしかないわけで。


「ファイトだ、大旦那」

「いわれなくても頑張るさ。それで、割り当てなんだが、エイトのところにはふたつ割り当ててもいいか?」

「ふたつね、了解だ。なにとなにを作ればいい?」

「ひとつはブレストプレート、もうひとつはファルシオンだ」

「……ファルシオンか。珍しい武器を作るんだな」


 ファルシオンは、ブロードソードのような【剣】カテゴリーに含まれる武器である。

 だが、ブロードソードのような直剣ではなく、曲剣と呼ばれる刃の部分がカーブを描いている剣だ。

 特徴としては、ブロードソードよりも切れ味が鋭く、肉やウロコを持ったタイプのモンスターには攻撃力が高くなるが、スケルトンやゴーレムのような無機物、あるいは硬いモンスターには攻撃力が低くなるというものがある。

 どんな場面でも扱いやすい直剣と使う場面を選ぶ曲剣。

 どちらが有利というわけではないけれど、いろいろと比べられる武器ではある。


「いや、それがな。緑妖精装備のときはともかく、翠幻竜装備になるとブロードソードよりファルシオンのほうが攻撃力が高いらしいんだ。依頼主はもともとファルシオン使いだったけどな」


 なるほど、性能差があるのか。

 それは大事だろうな。

 この情報、あとでソード先輩にも教えてあげよう。


「ともかく、依頼したいのはブレストプレートとファルシオンだ。いけるか?」

「勿論、いけるぞ。それで、素材とかはどこから受け取って、どこに納品すればいいんだ?」


 大旦那がここにいたってことは、持ち込まれた素材なんかもここにある可能性が大きい。

 さて、お目当てのアイテムはどこかなー?


「……探しているところ悪いが、ここにはないぞ?」

「あれ、そうなのか。残念」

「ここにはないが、ギルド倉庫の依頼品タブの中に入っている。そこから引き出して作ってくれ」

「ギルド倉庫?」

「メニューの『ギルド』を選んでその中に『ギルド倉庫』がある。そこからギルド倉庫にアクセスできるぞ。ただし、個人の工房かこのヘファイストスのホーム内だけだけどな」

「その辺は念のためのアクセス制限ってね。ああ、あと、依頼品タブに入っている素材とかは、細かく受け取り可能人設定がされているんだよね。仮面のも、そっちで作ってもらうアイテムの素材にしかアクセスできないよん」


 試してみると、関係ないアイテムを取り出すことは不可能だった。

 それに、取り出したアイテムも、生産作業専用にされており、他人に渡したり、売りに出せないようになっていた。


「こんな細かい制限ができたんだな」

「最初からできたわけじゃあないよ。ギルドホームをいろいろ拡張して、そういう機能を取り付けたんだよねー。決して安い金額じゃなかったよ」

「まあ、そういうわけだ。完成したら、完成品タブに入れておいてくれれば問題ない。それでは、よろしく頼む」

「了解。……ところで、大旦那はここでなにをしていたんだ?」

「ん? 会議室の設備を確認していたんだ。マイクとかスピーカーだな」

「……そっか。それじゃあ、俺はこれで失礼するよ」

「おっけー。またね、仮面の」


 目的だった依頼の請負も済んだし、一路自分の工房へ戻る。

 戻ったら、作業場に入って細かい工程の確認だ。


「……ふむふむ、翠幻竜装備は作るとき、あまり高温になったらダメなんだな。もっとも、低温になってもダメみたいだけど」


 普通の鍛冶作業は、すべて熱いうちに作業を行う。

 だが、翠幻竜装備は熱した金属部分を冷まし、決まった温度範囲で作業するのが高品質化の鍵となる。

 まあ、俺には楽勝な工程だけどね。


「テンモク、室内の温度を25℃から35℃の範囲で収まるように調整してくれ」

「ゴォー!」


 俺のサポート精霊、テンモクにはエアコンのようなスキルが備わっている。

 もともとイフリートという種族は、物や部屋を熱するスキルを持っていた。

 俺はそれに加えて、空間の冷却能力や温度や湿度を安定化させるスキルを覚えさせている。

 本来的に属性のあわないこれらのスキルだが、普通よりも多めのコストを支払うことで取得できた。

 ……もっとも、これらのスキルを覚えた結果、テンモクの戦闘用スキルは皆無であるが。


「……うん、室温設定はこれくらいだな。じゃあ、テンモク。俺の作業が終わるまで、この状態を維持して」

「ゴゴォー!」


 調子よさげなテンモク。

 それを見やり、問題ないことを確認したら、早速翠幻竜装備の作成に入る。

 今回は緑妖精装備からの強化で翠幻竜装備を作るようだ。

 なので、上手く行けばまた宝石名の装備になるだろうが……素材品質がCか。

 微妙なラインだな。

 ともかく、まずは翠幻竜装備を作ってみよう。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「んー、完成したけど、やっぱり品質はB+止まりか」


 翠幻竜装備――『翠幻竜のファルシオン』と『翠幻竜のブレストプレート』――は無事完成した。

 そして残っていた素材で品質を上げるための、強化作業を行ったわけだが……どれだけ頑張っても品質B+までしか届かなかった。

 やっぱり、これって素材の品質が足りていないということなんだろう。

 これ以上の作業は無駄と考え、ギルド倉庫の完成品タブにふたつを移動する。

 さすがに疲れがたまっていたので、休憩室でお茶を飲んでいると、大旦那からフレンドチャットが入った。


『おう、エイト。頑張ってくれたようだな』

『文句が飛んでくるかと思ったぞ、大旦那。品質B+しかできなかったんだから』

『文句なんて言わないさ。ほかの連中は良くてB-だったんだからよ。やっぱり素材品質が微妙だと、完成品もそこまで高品質にはならないことが実証されたわけだ』

『低ランクの装備では実証済みだったけどな』

『高ランクでも同じことが起こるってことが大事なんだよ。さて、これで依頼してきた連中にもっと高品質素材を取ってこいって突っ返せるぜ』


 大旦那、今回の依頼は腹に据えかねているものがあったらしい。

 どう処理するかまでは、俺の関与する範囲じゃないけどね。


『さて、今回の作業費だが、全部で八十万ほど用意した。ギルド口座から引き出して、渡す準備が出来ているから、ギルド倉庫の支払い金タブから受け取っておいてくれ』

『……ギルド倉庫、便利に使いすぎじゃないか?』

『これをできるようにするために、大枚をはたいたからな。できる限り役立たせてもらうさ』

『まあ、いっか。それじゃあ、金銭を受け取ったら、俺の分の依頼は終了だな』

『ああ、ご苦労さん』

『お疲れだ。またな、大旦那』


 大旦那とのフレンドチャットを終了し、指定されたタブから、俺宛になっていた金銭を受け取る。

 作業量としてはまずまずの成果に、少し頬が緩んだ。


「……あ、そろそろ晩ご飯の時間だ。ログアウトしないと……」


 またギリギリの時間になったら、怒られるからな。

 早め早めの行動、大事。

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