8.ブレン爆誕

 ゲームにログインしてすぐ取りかかった作業は、昨日ダンから依頼されていた赤妖精装備の作成だ。

 これひとつで二時間くらいかかってしまうので、早めに終わらせておきたい。

 工程的には赤妖精のレイピアと同じような内容をなぞるだけだから、手順は難しくないだろう。

 あとはひたすら高温との戦いだ。

 さて、気合いも入ったしいっちょやっていこうか。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「ダンナ、『赤妖精の双剣』ができたって連絡をもらったんだけど」

「ダンか。早かったな」


 完成したと連絡をしたのは十分ほど前。

 まだしばらくはかかるだろうと思っていたが、ダンは工房に現れた。


「街の近くで狩りをしてたんでね。はいよ、これお土産の薬草とか下級モンスターの肉とか」

「サンキュ。市場まで買いに行くのも面倒だし、助かるよ」


 現在、俺は下級のポーション作りや料理作りにも手を出している。

 なんでそんなことをしているのかというと……あるスキルで特定分野の生産が必須になってきたためだ。

 うちは武具工房だし、狩りに出ることもないから下級であってもポーションや料理の素材はない。

 普段は市場まで買い出しに行っているが、今日はダンが気を利かせてとってきてくれたようだった。


「ダンナの稼ぎなら、市場にアクセスできる家具だっけ? それを買うことだってできるんじゃない?」

「それなりに高いんだよ、あれ。できればあまり買いたくない」


 ここをいつまで根城にしてるかわからないし、工房設備の増築や引っ越しの可能性まで考えると、お金はできるだけ貯め込んでおきたい。

 いまの鍛冶設備よりアップグレードする必要が出てくると、作業部屋が手狭になる。

 そのため、将来的には拡張工事をするか、もっと広い工房に引っ越すかになる。

 先立つものは必ず必要になるので、無用な出費は避けておきたい。


「……ダンナは腕がいいんだから、もっと手広く稼げばいいのにな」

「あまり俺が手広くやり過ぎて、後進の鍛冶士が育たないのも問題だろう? 俺はメインターゲットが上位層に入りたてくらいのプレイヤーで丁度いいんだよ」

「ま、俺も助けられてるから構わないんすけどね」

「それよりも、ほら『赤妖精の双剣』だ。装備して試してみてくれ」

「お、待ってました! ……ふむ、さすがダンナ、文句なしだぜ」

「それはよかった。それじゃ、このまま所有者設定をしてしまうぞ」

「頼んだ! ……うっし、これで所有者設定も完璧っと」


 ダンが持ち込んだ素材でできた『赤妖精の双剣』は品質Aとなった。

 素材品質がCのものをメインにしただけで、品質がそこまで上がるんだから昨日のレイが持ち込んだ素材は微妙だったわけだ。

 ダンが装備している双剣は、レイのレイピアよりも赤々と光り輝いている。

 やっぱり、品質が高い方がエフェクトがはっきりするんだな。


「……さて、俺はちょっと出かける用事があるから、今日は一旦店じまいだ」

「……んえ? ダンナが工房の外に行くとか珍しくないですか?」

「うっさいわ。今日はリアフレが《Braves Beat》を始めるってことで、装備とかをプレゼントしに行くんだよ」

「なるほど。……それって、俺も付いて行っちゃだめか?」

「構わないけど、なにかあるのか?」

「ダンナのリアフレってのが気になるだよな。やっぱりダンナみたいに生産派?」

「いや、普通に前線組志望のプレイヤーだよ」

「それは残念。ま、気になるのは本当なんで付き合わせてくださいよ」

「わかった。それじゃあ行こうか」


 予定外ではあるが、ダンを伴って工房を出る。

 工房の表にある看板を『Closed』に変えておき、工房に他人が入れないようにしておく。

 まあ、他人に入られたところで、システム的に泥棒は不可能なんだけどな。

 準備が整ったら目指すのは、シータサーバーの出入り口である『ブレイブズ・ゲート』だ。

 街のど真ん中にそびえ立つその巨大なクリスタル状のモニュメントは、ゲーム内設定的には街壁に覆われた街から外に出る唯一の手段であり、外へと向かう勇者Braveたちの門ということになっている。

 プレイヤー側からすると、外のフィールドへ出たいときの出入り口兼ほかのサーバーに移動したいときのアクセス装置、となる。

 さて、シータサーバーのゲート付近だが、まだ工房を持てていない生産プレイヤーが集まって露店で商品を売っている場所だ。

 その集客効果は高く、時折掘り出し物も見つかるため、ゲート付近からメインストリート方面にはたくさんの露店が出ている。


「……そろそろ、待ち合わせの時間なんだけど。あいつ、もう来てるかな?」

「……ダンナ、フレンド登録はしてないんで?」

「してないよ。一度会わないとできないだろう?」


 基本知識なのに、なんでダンがそんなことを聞いてくるのか。


「……いや、相手のフルネームがわかっているなら、遠隔でもフレンド申請できますよ? あとは、ログイン前に公式サイトで申請しておくとか……」

「そんなことできたのか?」


 初耳だった。

 それとも、普通のプレイヤーだと常識なのかな?


「……ダンナ、フレンド周り少なすぎやしませんか?」

「フレンドリストは顧客か同業者だけだな」

「ダンナ……まあ、狩りに行かないダンナじゃ仕方がない……のか?」


 ダン相手にフレンドリスト談義をしていると、約束の時間になった。

 ただ、事前にリアル側で確認させてもらった燃えるような赤髪のプレイヤーは見当たらない。

 ……サーバー移動したら直後に出てくるゲート前だから、道に迷うようなことはないと思うんだけど。


「お、いたいた。おーい、エイト、こっちだ」


 俺の背後から声をかけられる。

 振り替えるとそこには、一人のプレイヤーがこちらに向けて手を振っていた。

 相変わらずの爽やかフェイスに、茶色の髪、茶色の瞳、爽やかショートカット。

 装備はお約束の初心者装備、武器は両手剣。

 そんな和也のキャラクターがいたのである。

 ……少し泥にまみれて。


「えーと、こっちではブレン=ハイファードだったか。……なにをしてきたんだ?」

「いやー、ログインしてチュートリアル受けてさ、時間が余ってたもんだからちょっとフィールドに出て狩りに行ったんだよ。そうしたら角を持ったウサギにボロ負けしてきたぜ」

「……ホーンラビットに? ブレン、フィールドの設定レベルはいくつで行ったんだ?」

「レベル10だな。いやー、初心者にはきつかった」


 ……装備も調えないでレベル10とか、バカだろコイツ。


「あー、ブレンつったか。俺はダン。エイトのダンナの常連客だ」

「あ、それはどうも。今日から始めたエイトのリアフレです。よろしくお願いします」

「おう。……でだ、初心者が初期装備で行けるフィールドなんて、レベル5から7が限度だぜ? ホーンラビットはレベル15くらいまで出現するが、フィールドレベルが上がればウサギのレベルも上がる。レベル10じゃダメージをほとんど与えられねーから、勝ち目はないぞ」

「……え、マジ?」


 ブレンがこちらを見てくるが、さすがに戦闘のことはダンのほうが詳しい。


「ダンがそうだって言ってるんだったらそうなんだろ。俺は戦闘なんて久しくやってないからな」

「うへぇ、マジかよ……初心者ポーション使い切っちまった」

「……まあ、授業料としてはマシだったんじゃないか? 死ななきゃ安い、ってな」

「……初心者はデスペナないから死んだほうが安い、けどな」

「マジか……」


 徹底的にブレンのヤツはへこんだようだ。

 とりあえず、こんな往来で倒れられてても困るし元気づけてやるか。


「とりあえず立て、ブレン。そして、お前にプレゼントだ」

「うん……おお、頼んでいた装備セットか!」


 まず取り出したのは、鉄製の装備セット。

 初心者装備を除いて重装備タイプは青銅が最初の装備だから、一ランク上の装備を渡していることになる。

 ……もっとも、すべてを装備できるとは思っていないが。

 上質な装備を受け取って喜んでいるブレンを見つつ、ダンが俺のそばにやってきて小声で話しかけてきた。


「鉄製装備一式ねぇ……ダンナ、初心者には過ぎた装備じゃないですかい?」

「まあ、その辺はな。実際に自分で装備して実感してもらおうかと」

「……ダンナも人が悪いねぇ」


 目の前では、早速ブレンが装備を鉄製の装備に切り替えている。

 そして、全身の装備が鉄の鎧に置き換わったところでそれは起きた。


「……体が重くてまともに動けねぇ」

「やっぱな」

「当然の結果だが」


 ブレンが装備重量オーバーで動けなくなっていた。

 このゲーム、装備重量の制限とか装備可能ステータスの設定があるんだよな。

 しかも、それがプレイヤーにはわからないという鬼仕様。

 あと、そのほかにも使用可能レベル制限なんてのがある。

 とりあえず、各種制限の話をブレンにして、ブレンの装備を元に戻させる。


「……まじで動けなかったぞ、エイトよ」

「だろうな。そうなると思って、渡したから」

「……チクショウ。これで一気に強くなれると思ったのに」

「そんなに上手くはいかないってな。……さすがダンナの友達。面白いじゃねーか」

「それはどうも。ああ、鉄製装備はしばらくお預けか」


 こうなることは予測できていたので、予め作っておいたブロンズ装備一式をブレンに渡して装備させる。

 こっちで動けなくなることはなかった。


「いや、面白いものを見せてもらったお礼だ。俺が戦闘のコツを教えてやるよ」

「え、マジっすか。いいの?」


 ダンがブレンを鍛えてくれるようだ。

 このふたりなら波長も合いそうだし問題ないだろう。


「おう、いいぞ。ついでだし、ダンナも来たらどうだ?」


 なんか俺のほうにも飛び火した。

 俺は戦闘がからきしダメだから、遠慮したいんだけど。


「いや、俺は生産職だから。ふたりで行ってきてくれ」

「ダンナ、戦闘職のレベルは上がってないんだろう? なら少しでも上げに行こうぜ」

「でもだな……」

「いいじゃん、エイト。お前が足を引っぱることはないだろうし」

「……わかったよ。一緒に行くよ」

「よっしゃ。決まりだな」

「頑張ろうぜ、エイト」


 ふう、予定外の事態になったな。

 戦闘、本当に苦手なのに。

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