第35話 私はもう逃げない

「っ!! まだまだぁ!!」





 ショウはボロボロになった身体に鞭打ってカプリコーンの正面から斬りかかり、その注意を引きつける。





 その隙に背後から距離を詰めたフリードリヒが、ランスの一撃を魔王の背中にたたき込んだ。





 完全なる死角からの攻撃。しかし魔王カプリコーンは正面の攻撃を軽く大鉈で払うと、まるで背後に眼があるかのように見もせずにランスの突き先端を左手でつかみ、攻撃を阻止した。





 無造作に掴まれたランスは、フリードリヒが全力で押しても引いてもピクリとも動かない。カプリコーンはランスを、それを握っているフリードリヒごと持ち上げて壁に叩きつけた。





 そんな戦いを横目で確認しながらカテリーナは、大玉の汗を流してアンネの治療にかかる。





 連続した奇跡の行使。





 カテリーナの体力は既に限界だった。





 しかし止めるわけにはいかない。仲間が戦っているのだ。そして、この戦いには世界の命運がかかっているのだから。





「・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」





 カテリーナの隣には膝を抱えたシャルロッテが小さな声で謝罪を繰り返している。とても哀れだった。抱きしめて慰めてやりたかったが、今のカテリーナにそんな余裕は無い。





「っはい! 治療終わりましたよアンネさん!」





 アンネは小さく礼を言うと、痛みに顔をしかめながら立ち上がった。





 無理も無い。 





 今カテリーナが行ったのは最低限の応急処置にすぎないのだから。





 それでも傷はふさがり、手も足も動く。歴戦の戦士であるアンネ・アムレットが戦いに復帰しない理由は無かった。





「せりゃぁあ!!」





 果敢に魔王へ向かうアンネの後ろ姿を見送りながらカテリーナは乱れる息を整える。無茶な奇跡の使い方をしているせいで先ほどから頭痛が収まらない。





 でもまだやることがある・・・





「・・・大丈夫ですよシャルロッテさん」





 膝を抱えるシャルロッテを、カテリーナは優しく抱きしめた。





「カテ、リーナ・・・さん?」





「・・・はい。私はここに居ますよシャルロッテさん」





 そう言ってカテリーナは、まるで母親が子供にそうするように愛を込めてシャルロッテの頭を撫でた。





 その慈愛に満ちた姿は、今更ながら彼女が聖女と呼ばれる存在であった事を思い出させる。





「・・・カテリーナさん・・・私、怖くて・・・動けなくて・・・」





 自分で言っていて情けなくなり、シャルロッテは再び眼に涙がたまるのがわかった。





「いいんですよ怖くて」





 しかしカテリーナの声は優しかった。





「怖くていいんです。だって敵は魔王で、そしてアナタはまだ子供なんですから。戦士じゃ無くて当たり前なんです。覚悟が出来て無くても当然なんですよ?」





 カテリーナは優しく、どこまでも慈愛に満ちた顔で語る。





「私はね、正直アナタがこのパーティに入る事に反対でした。だって、アナタにはまだ早いと感じたから。勇者様もアンネさんも・・・そして私も。私たちは皆世界を救う為に戦う覚悟を持っています。けれどアナタは違う・・・そうでしょ? アナタの力は強い、だけどそれだけじゃ世界を救えないの・・・ううん、力があるだけで世界を救うべきでは無いのよ」





 カテリーナの言葉を聞いて、シャルロッテはそっと視線を上げた。





 目の前では強大な力を持つ魔王に立ち向かう勇者達の姿。倒れても倒れても立ち上がるその姿に、諦める様子は見えない。





「戦わなくてもいい。怖がってもいい。でもここで見ていて、私たちは確かに、世界を守るために戦っているんだって事を」





 その時、負傷したフリードリヒがこちらにやってきた。





 手が折れているのかあらぬ方向に曲がっている。





「すまない聖女殿、治療を頼みたい!!」





 他の二人はまだ戦っている。自分も早く戦線に戻らなくてはと、その顔には焦りの色が見えた。





「はいただいま。・・・シャルロッテさん、私はいきますね」





 そう微笑んでカテリーナはシャルロッテを抱きしめていた手をそっと離す。暖かな手が身体から離れ空気が少し冷たく感じられた。





 シャルロッテはそっと治療を始めるカテリーナの横顔を伺う。





 額に汗を流しながら必死に治療の奇跡を行うその姿は、世界を救う英雄そのものだった。





 否、彼女だけでは無い。





 女騎士アンネ





 アヴァール王国将軍フリードリヒ





 そして勇者ショウ





 みんな世界のために、魔王という自分たちより強大な敵に臆すること無く立ち向かっている・・・。





「・・・格好悪いな・・・私」





 戦いもせず、ただ部屋の隅で震えるだけ。





 シャルロッテに世界を救う覚悟なんて無い。ただ少し英雄にあこがれただけのどこにでもいる小娘に過ぎないのだから。





 だが思い出す。





 英雄になりたいとはにかみながら語った幼なじみの姿を。それを微笑ましげに見つめるくたびれた中年男の姿を。





(世界なんて救えない・・・だけど・・・・・・)











二人に格好悪いとこは見せたくない








 ぎゅっと唇を噛みしめて立ち上がる。





 いつの間にか震えは止まっていた。愛用の木の杖を握りしめ、シャルロッテは魔王カプリコーンへ歩みを進めた。





「・・・ほう、なかなか良い面構えになったな小娘」





 ショウとアンネの攻撃を捌きながら、魔王カプリコーンは余裕の表情でシャルロッテを見据える。





「私は・・・もう逃げない!!」

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