第34話 魔王の実力

重々しい空気の中、魔王カプリコーンはゆっくりと立ち上がる。





 巨大。





 人型ではあるものの、その巨体は目測でショウの三倍ほどもありそうだ。魔王カプリコーンは腰に差した大鉈を右手で抜き、構える。





 隆起した上腕の筋肉が一同を威嚇しているようだった。





 そんな魔王をキッと睨み付け、ショウが一歩前に進み出る。聖剣の切っ先を魔王に向け、口を開いた。





「俺は勇者ショウ・カンザキ。非道なる魔王カプリコーンよ、お前の命もここまでだ!」





 ショウの堂々とした口上を聴き、カプリコーンは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、堪えきれないといった様子で大笑いする。





「何がおかしい!」





 馬鹿にされたと感じたショウが激怒するも、カプリコーンの笑いは収まら無い。クックッと笑いながら口を開いた。





「いやいや、我輩の命がここまでだと言ったな勇者よ? 残念ながらどう足掻いたところでお前に我輩の命を絶つ事などできない。なぜなら・・・我輩はすでに命など無いのだから」





 そう言い捨てるとカプリコーンは大鉈の刃を地面にこすらせながら突進してくる。





 そのスピードは速いとは言えない。しかし巨体が迫ってくる圧迫感は凄まじいもので、一同はそれぞれ武器を構えて迎撃の態勢を取った。





「臆するな皆、俺たちはドラゴンを討ち取った事もある。俺たちなら絶対に勝てる!」





 ショウは一同を鼓舞し、聖剣を構えて迫り来るカプリコーンへと駆け出した。





 縮まる両者の距離。





 上段から振り下ろされたショウの聖剣と、下段から地面をこするように切り上げられたカプリコーンの大鉈がぶつかる。





 生み出された衝撃波凄まじく、ショウは刃から伝わる衝撃で自分の身体が浮くのを感じた。そしてそのまま天井に叩きつけられる。





「っくぅ!?」





 肺から息が絞り出される。





 あまりの衝撃に視界がチカチカと明滅した。そして身体が重力に引っ張られ落下する。地面に叩きつけられるが先ほどの衝撃で上手く受け身が取れず、まともに落下のダメージを負う事となった。





「勇者様!?」





 カテリーナが倒れたショウに駆け寄る。銀のタリスマンを握りしめると回復の奇跡の詠唱を始める。





 そしてフリードリヒとアンネはショウとカテリーナを庇うようにカプリコーンの前に立ち、それぞれの武器を構えた。





 しかしカプリコーンは追撃を行う様子を見せず、大鉈を肩に乗せてショウが立ち上がるのをじっと見つめていた。





「・・・どういうつもりだ? 何故追撃しない」





 フリードリヒが眉をひそめて尋ねる。





 この状況で追撃しない意味がわからない。相手に体勢を立て直す隙を与えては、それこそ自分に不利になるだけで何の得も無いというのに。





 カプリコーンは重々しく口を開いた。





「何、追撃する必要もあるまいよ。貴様らが束になってかかってきても我輩は倒せん。格が違うのだ。戦士としての格がな」





 その異様な迫力にフリードリヒは一歩後ずさる。カプリコーンの言葉には強者としての自身に満ちていた。





 はったりでは無い。





 カプリコーンは心の底からそう思っているのだ。





「・・・はぁっはぁ。今のうちに調子に乗っていろ、必ず俺の聖剣がお前の心臓を貫く!」





 立ち上がったショウが苦痛に顔を歪めながら聖剣を正眼に構える。





 互いににらみ合う戦士達。





 そして、どちらともなく踏み込んだ。





 正面からランスを突き出すのはアヴァール王国将軍フリードリヒ・パトリオット。その一撃は鋭く、諸国にそのランスに貫けぬモノ無しとまで言わしめるほどだ。





 左側から切り込むはエーヌ王国騎士長アンネ・アムレット。対魔物用に刃に銀のコーティングをほどこした名剣の一撃、日々の鍛錬によって培われた確かな剣撃はAランクの魔物ですら一撃で両断する。





 右から攻めるは世界の未来を背負った異界の勇者、ショウ・カンザキ。国王より賜った”暁の剣”による攻撃の威力は他の追随を許さない。





 三者三様。そしてそれぞれが世界最高峰の実力を持つ三人の攻撃は、しかし魔王カプリコーンが横なぎに払った大鉈の一振りで全て打ち落とされた。





 武器越しに伝わる衝撃で手がしびれて動けない。





 目線を上げるとカプリコーンの武器を持たぬ左腕が三人に向かって振り抜かれ、ラリアットの要領で三人まとめて吹き飛ばした。





「あぁ、いけません!!」





 治療の為慌てて駆け寄るカテリーナを、やはりカプリコーンは黙って見つめていた。





 待つつもりなのだ。





 治療が終えるまで。





 そして何度でも打ち倒すつもりでいるのだ。





 彼らの心が折れるまで。





 そんな激戦の中、後方に控えていた魔法使いのシャルロッテは一人恐怖でガタガタと震えていた。





 本当は仲間の支援をしなくてはいけない。





 しかし恐怖のあまり動けない。





 身体が動かないのだ。





(駄目・・・駄目よ私。戦わなきゃ・・・そうしなきゃみんな死んじゃう・・・)





 ぶるぶると震える手で木の杖を持ち上げて魔王カプリコーンへ照準を合わせる。自分の持てる最大の魔法を発動しようとし・・・・・・ギロリと、魔王がシャルロッテを睨み付けた。





「小娘、ここは戦士による神聖な戦場だ・・・敵を前にしてガタガタと震えているような小娘の来る場所じゃない」





 一呼吸置くと、カプリコーンは地を振るわすような大声でシャルロッテを怒鳴りつけた。





「戦士を侮辱する気か!! 引っ込んでいろ!!」





 ただ大声を上げただけなのにまるで雷が落ちたかのような衝撃。かつてない恐怖がシャルロッテを襲う。





「ひぃっ!!」





 シャルロッテはその場でしゃがみ込んでしまった。その股間を暖かなものが濡らしていくのがわかる。





 折れてしまった。





 シャルロッテはもう戦えない。





「さあ、邪魔者は引っ込んだ。立て戦士達よ。続きを始めようか」





 戦いは





 まだ始まったばかりだ。

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