第12話 : ライブ配信と、日常の変化


 ゴシックは素晴らしい。その中でも、ゴスロリは特に素晴らしいと思うが、何事にも例外はつきものである。その場の雰囲気、季節に合った服、その人に適した衣装などもあるだろう。

 よく勘違いされがちだが、ゴシックとロリータは別物である。私が好きなのは、基本的にはゴシックをベースとした衣装であり、その中の『ゴシック・ロリータ』という融合ジャンルが一番好きだけど、ロリータ自体には興味がなかったりする。もちろん、どちらも可愛いのだが、目指す場所や印象は大きく変わる。



「盛り上がってる?」


 私は今、ライブ配信をしている最中で、衝動で買ってしまった新しい衣装の試着を兼ねている。派手な動きが不向きな服を、魔法少女の運動センスでなんとか不都合なく着こなしている。ぶっちゃけ、こんな格好で踊れる人は少ないと思う。


「――」


 望めば、理想の声で歌うことが出来る。ちょっと低めだけど、可愛らしい声。ボイチェンには作れない、しっかりとした女性の声。芯を入れて発声すれば、自身の声に酔いしれそうになる。

 私は理想の『声』と、理想の『姿』で舞い踊る。これ以上に幸せな事はあるだろうか? 少なくとも、私の人生では他に思い当たらない。学生時代も、社会人になってからを含めても。自分で考えてて悲しくなったが、過ぎた時間は戻らないのだ。


 アップテンポな曲に合わせて、ステップを踏む。私は最近になってダンスの振り付けを真面目に勉強し始めたが、魔法少女に変身している間は、技術の習得が早かった。むしろ、魔法少女でない時でも、身体の調子が良かったり、思考力が強化されているような気がする。


「リスナーのみんな! 最後の曲はこれだよ!」


 曲が切り替わり、和風な音楽が流れる。これは、今日の演目で一番の見所となる予定である。


 琴の音色と、三味線や太鼓で演奏が始まる。今回の配信は特別で、ある意味で『コラボ』と呼べるものだった。演奏の開始と共に、誰が提供してくれた音源なのかをテロップで画面に表示する。


 音源を提供してくれたのは、有名なボカロ曲を作っているクリエイターで、たまたま私の配信に来たのをきっかけに、交流が出来たから実現した。

 前回配信した際に雑談の時間を作り、その人のコメントに冗談のつもりで『音源が欲しいです』とリクエストしたら、私のアカウントにメッセージが届いて、ライブ配信に使える曲を用意してくれることになった。

 今回は、既存曲をアレンジした特別版で、世の中に出回っていない私の為だけの音源。数日で用意されたとは思えないほどアレンジが強く、格好いい仕上がりの楽曲を貰ってしまった。


『ON AIR: 5345人』


 ライブ配信がどれくらい盛り上がっているのか、視聴者の人数とコメントを見れば伝わってくる。私だけが宣伝しても、きっとここまでの人数は集まらなかったと思う。昨日の夜から、楽曲を提供してくれた人物の公式アカウントが、私の配信のことを宣伝してくれていた。


(衣装は、この曲のために買った)


 私が着ているのは、着物をベースとしたゴシックの衣装で、通称『和ゴス』と呼ばれるジャンルの衣装。黒い生地に青のラインが入っていて、シンプルで飾りが少ないタイプを選んだ。髪は青いひもっただけだが、シンプルさが逆に私の『可愛さ』を引き立てている。


「――」


 歌だって、事前に何度も練習した。魔法少女になれば、ある程度はイメージした通りに動けるが、テンションが上がって何度も歌ったし踊ってみた。

 本来、歌いながら踊るのは、とても高度な技術が要求される。歌が上手くてダンスが踊れる人でも、両方を同時に実行するのは、相応の練習が必要になる。その上、リアルタイムで『ライブ配信』ともなれば、リテイクなんて存在しない。


 追い討ちのように、今回の『和ゴス』は生地が重く伸びにくいので、無理にステップを踏めば転びそうになるし、最悪の場合は衣装がやぶれる可能性もある。それを、魔法少女の運動能力でカバーし、無理やり踊りに昇華しょうかさせている。


(ああ、部屋が狭い。もっと広く、のびのび動ける場所が欲しい)


 カメラに向かって微笑む。曲は終盤にさしかかっていた。歌詞を見ることなく、最後までカメラを意識しながら、私は最高に気分が良かった。



 曲が終わるタイミングに合わせ、着物のようになっているそでを勢いよく振り、自分が最も『可愛い』と思える姿で止まる。その余韻よいんが、数秒の静寂として視聴者に届く。

 五千あまりの観客が、二秒ほど動きを止める。コメントも無くなり、固唾を飲んで見守っていた。




 そして、大歓声が起こる。

 実際に声は届かないものの、配信のコメントが感嘆で染め上がり、表示しているブラウザが思わず固まりそうになるほど、とても多くのコメントが流れた。その雰囲気にあてられたのか、私も気分が高揚しているのが分かった。


 ふと、ライブ配信を見ていた視聴者からの、パフォーマンスに対する『投げ銭』が目についた。感覚で言えば、路上ライブや大道芸で、帽子の中に小銭が投げ込まれるのと同じと言える。私の配信するサイトでは、チャット感覚でライブ配信する人へお金を寄付する仕組みがある。


『七千円が寄付されました(笹だんご)』

『五百円が寄付されました(ナツミ)』

『四十万円が寄付されました(つくよみP)』

 ……。


(え? 四十万?)


 配信中なのに、私は思わず驚いた顔をしてたので、微笑みを浮かべて誤魔化す。金額もそうだが、送り主の名前を見ると、音源を提供してくれたクリエイターの名前があった。嬉しいと思う反面で、今回の配信を盛り上げてくれた立役者でもあるので、感謝と申し訳なさを感じてしまう。


「今日は、私の配信に来てくれて、ありがとう! そして音源を提供して下さった『つくよみP』さんも、ありがとうございました!」


 カメラに向かって笑顔を作り、今回のライブ配信について、感謝の気持ちを視聴者に伝える。コメントの中には、もう一曲を期待する声はあるけど、ちょっと物足りないくらいが丁度良いと私は考えている。


「それでは、またの機会に」


 カメラを手で塞ぐようにしてから、ライブ配信を止める。そして、配信が止まったことを確認してから、カメラやマイクの電源を切る。

 部屋が途端に静かになったが、高揚こうようした気分がしずまっていく感覚がして、とても心地が良かった。


(楽しかった)


 私は落ち着いてから、通販サイトを開いてゴシック系の衣装を眺める 頭の中では、もう次に着る服を考え始めていた。同時に、衣服を選ぶという行為そのものが楽しかった。

 一ヶ月前の私と比べて、内面も変化しているような気がしたが、悪くないと思ってる自分がいた。

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