第8話 : 救世の仕組み (裏話)
精霊は本来、世界の仕組みだった。救いを望む心が一定数に達したとき、あるいは未来で起こるであろう絶望を食い止める為、後付けのような理由もあるが、いずれも精霊が存在するのは『世界』を救う為と決まっている。
「僕は、運命という言葉が嫌い」
精霊には個体ごと強さが違い、それによって魔法少女の強さも変わる。強い精霊ほど、契約できる条件が厳しく、滅多に契約者が現れない傾向がある。
その中でもシルフは、世界規模の事件が起きた時、あるいは起きるであろう前兆として、契約者が現れるようになっている。逆説として、シルフが契約していない内は、世界は平和であるとも言える。
精霊の契約者には絶大な力が宿るが、しかしデメリットもある。魔法少女は戦闘を重ねるごとに、精神変異が起きる。ある種の洗脳に近いもので、義務感や使命感のように『人々を救い導かなければならない』と考えるようになる。それは自己犠牲ではないものの、英雄となる事を強制させるのに等しく、当然、殉死する可能性は高くなる。
「冷には……使命なんてものに踊らされて欲しくない」
だが、シルフの心には、精霊からの悲痛な叫びが届いてくる。
助けてと、苦しいと、言葉を変えても届く思いは同じで、契約者の危険をどうにか救いたいと一途に願っている。情景までもが思い浮かんでくる。
(助けて!)
「聞きたくない……」
今もそう。近くで強い力を感じる。きっと魔法少女が、襲われているのだと思う。
「聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない」
今、魔法少女と敵対している勇者や魔王も、ある意味では世界の仕組みに近いものがある。それは多分、強い者と必然的に戦うようなもの。
だからこの世界では、魔法少女とめぐり合うことが可能になる。その本質はおそらく、戦乱を経て平和を得るという、ある種の原始的な生存競争を概念化した存在。
その延長として、人間の集団から勇者が生まれ、別の種族を統べる魔王がいる。お互いに集団をまとめあげ、いずれ総力戦を繰り広げる。それは国レベル、世界レベルと広がっていき、勝てば正義、負ければ隷属。それを繰り返していた世界の仕組みこそが、勇者と魔王だと考えている。
(一度だけ……)
胸が張り裂けそうな悲しみ。それはシルフにも理解できる想いだった。
シルフは過去、契約していた魔法少女を失っている。名前はリリス。太陽のように明るく、誰からも愛される少女だった。シルフも彼女の事を、好きになっていた。長い孤独と、それを打ち消して余りある温もりを与えてくれた少女を、戦乱に落としたのは、他ならぬシルフなのである。
「助けて……」
縋れば、冷なら助けてくれるかもしれない。なのに決心が着かない。そうしている内に、冷は用事を済ませて家に帰還する。戦乱の場所となっていた東京都心から、転移を使って離脱する。
涙が零れてくる。口の中に含んだまま、音にならなかった言葉は冷には聞こえない。魔法少女としての冷は、世界を救えるほどの力を持っている。多分、リリスよりも魔法の凶悪さでは勝っている。直接的な攻撃力ではなく、過剰な防衛力で相手を圧倒できるのだ。盾を持って、敵を潰せるくらいに。
「シルフ、泣いてるの?」
昼間、冷が会った少女。彼女からは精霊の力を感じた。現在、東京に存在する最後の魔法少女だと思う。他の精霊の気配は、もっと遠くにあるけど、他は感じられなかったから。
彼女が何の目的で冷に接触したかは分からない。しかし、会って話したことで、
「シルフの望みはなに?」
言葉が、心の隙間に入り込んでくる。優しさは時に、毒のように精神を蝕んでくる。巻き込んではいけない、冷には魔法少女の良い面だけを見せてあげたい。
「助けてほしい……」
「何を?」
長く生きている精霊なのに、シルフは自分の心が
「他の魔法少女を、助けて欲しい。冷なら出来る……」
「いいよ。場所は?」
魔法少女が闘志を持ったとき、強い魔法少女はさらに変身する。
「――」
「理解した」
魔法少女と精霊は、言葉を使わずにイメージを共有することができる。
冷は聖域の魔法を展開する。
――髪と眼の色が変わる。白い髪、そして紫の瞳へと。
(魔法:
杖を持ち、冷が心の中で魔法を使う。シルフは最初、さらなる変装と情報操作の為に、冷に魔法を与えた。それは、攻撃の為の能力ではなく、少しの幸運が連続して起こり、自分の都合の良い結果を引き出す『可能性』を上げる魔法。ある意味で、因果を操作する魔法。
そして、景色は大きく変化する。冷とシルフは、見知らぬ場所に居た。
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