第94話 この世界で手を広げる
圧倒的な勝利に終わったガルスとの都市間戦争から一週間と少し経って、俺とシンは頭上をふわふわと飛ぶフックと共に、ガルスの町中を歩いていた。
「前に歩いた時とは変わったなぁ」
「おん? それはまぁそうだのぅ」
「ホゥ」
“前”というのは、フックが使い魔になった後、ガルスを出発するまでの期間のことだ。あの時は歩いていても色んな人から声を掛けられて困るほどだった。
それが今は通りが閑散としている。町中で大きな被害は出さなかったとはいっても、移動しながらナラシチが弓を撃ちまくっていたし、領主邸宅でのことも見ていた町民はかなり多いはずだ。
いや、まぁわかっている。町内で戦闘行為があったからショックを受けて、ということではなくて、単純に俺が怖がられているってことだろうな。
「後悔しておるか?」
「まさか」
シンにしてはちょっと意地悪な質問だけど、まさかもまさかだ。今の俺はかつてと違って倫理観とかそういうものが擦りきれている、けどだからといって半端な気持ちであそこまで大規模な事はしない。敵とはいえ大勢を一瞬で殺したことを後悔していない、だけど気にもしていないという訳ではないということだ。
「ガルスの事も面倒見ないといけない訳だしな」
統治者である領主と、守備兵力を担っていた“血の盃”を同時に消してしまった訳だから、放っておくこともできない。
とはいっても仮に放っておいたら国王が新しい領主を任じて、その新領主がきっとこの町をなんとかするだろう。けど反撃とはいえ手を出しておいて放置なんてことをしたら、スルカッシュ国内で、あるいは下手をしたら世界中で、深淵邪神教団が危険な暴力集団みたいに認定されてしまう。
それを避けるために、いっそきっちり統治下にいれてから、むしろこちらから国王側へと「お前の手下の貴族からケンカ売られた上に、その後町の世話までしてやってるんだぞ」と文句をつけに行くくらいの方がまだましだろう、と考えていた。大半は俺やシンじゃなくて、国王を直接知るロクの発案を元に、セシルの入れ知恵を加えたものだけど。
「まぁ閑散とはしてるけど、建物にほぼ被害は無いし、通行人も少しは……」
領主邸宅を除けば被害といっても流れ矢が外壁に刺さったとか、“血の盃”の傭兵が町をでるときに暴れて窓なんかを壊していったとか、そのくらいだ。話しながら視線を向けたところにも小さな女の子を連れた若い両親が歩いている。まぁその両親はびくびくしながらこちらを窺い見ているけど。
「あっ!」
そこで、ちょうど視線を向けていた親子の子どもが、親とは対照的な無邪気で嬉しそうな表情で走り出してくる。思わず声が出たらしい母親はこの世の終わりのような表情になっていく。
「銀色のお姉さんも、地味なお兄さんも、ありがとう! また町を救けてくれたんでしょ?」
「おん? お嬢ちゃんはわたしらを怖がっておらんようだの?」
「怖がる? なんで? お姉さんが追い出してくれたおじちゃんたちとかあの領主さまの方がずっと怖かったよ」
「ホキ」
「フクロウさんも、ありがとう!」
思いがけず好意的な言葉を聞けたけど、おろおろしているこの子の両親がさすがに可哀そうだから、適当に受け応えて戻るように促してやると、女の子は最後にまた「ありがとう」と言ってから駆け去っていった。
「ま、あれだな、やりたいように楽しく暮らして、それで慕ってくれる連中くらいには俺達の力を貸せばいいんじゃないか?」
「ふふ、そうだのぅ。もう少しのんびりしても良いがの?」
「ホッキィ」
中心部の一部が丸々空き地になったこのガルスでも、人々は普通に暮らしているようだし、怖がられてはいても俺達もまぁこうして歩いている。
俺達側の楽観的な計画に王都の連中がどう反応してくるかもわからないけど、まぁきっと世は事もなし、だ。……俺はここにいるけどな。
深淵ちゃんは見てる~理不尽幽閉1000年、同じ境遇の狂神と脱出して楽しく暮らします~ 回道巡 @kaido-meguru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます