第79話 足りなかった部分を埋める
翌朝になって拠点の広間には俺とシンとフックの他に、主要な面々が集まっていた。つまりは事務部統括のセシル、警備部統括のナラシチ、執行部所属のタラス、そして今回の集合することになった理由であるゴロベエ改めロクだ。
ロク以外は皆で座って話を始めようとしたのだけど、ナラシチは来るなり俺の前に両膝をついて頭を下げていて、現在俺は対応に困っている。
「今回は俺っちの、いえ、俺の見る目の無さでヤミ様に危険を及ぼしてしまい申し訳ありませんでした」
いつもの気安い口調じゃなくなっているし、ナラシチは反省もしているけど相当に落ち込んでいるようだ。
「それは仕方ない。一介の傭兵が、国の秘密部隊の長を務めた自分の潜入を見破れるものでもないだろう」
立たせているのに踏ん反り返って上から目線のロクは、今はゴロベエとして一緒に見回りをした時と同じ服装だ。さすがにあのネシカソードは置いてこさせたけど、こいつの本来の能力からするとそれもまぁ意味はない。
「てめぇ……」
顔を上げたナラシチはかなり厳しい形相でロクを睨むけど、睨まれた方は涼しい顔、というか無表情を崩さない。
「ナラシチ、ロクの潜入を見逃した事を咎める気はないよ。それとロクを引き込んだのは俺だから、その事に不満があるなら俺に言え」
「いえ、そんなつもりでは……」
ちょっと意地悪な言い方だったけど、こうでも言わないとこの場の収集がつかなかっただろうしな。
「私はこのロクさんを迎えることに全面的に賛成です」
セシルが、事前に人数分用意してくれた紅茶を飲みながら、意見を口にする。
基本的に俺の意に沿うフックと、そもそも昨晩居合わせていたシンはもちろんだけど、タラスも呑気に紅茶をちびちびとした仕草で楽しんでいるし、異論はないようだ。
しかしナラシチはやはり不満なようで、立ち上がって席につくと、セシルへと鋭い目線を向ける。
「理由は?」
さっき俺が釘を刺したから反対とはいわないけど、賛成といわれて素直に聞くこともまだ難しい様子だ。
「理由? そこのロクさんがそうですよ。警備部が工作員を引き込んでしまって責任を感じているようですが、そもそもそういうものを防ぐ機能が教団にはありませんでした。まだそれが必要な段階ではないと踏んでいた私の判断違いではあるので、そこは反省していますが」
まぁ教団が組織として大きくなれば、色々と良からぬことを企む人間が潜り込むことは当然の流れだろう。セシルとしてはそこを心配はしていたけど、その良からぬ輩の手の速さの方が想定外だったということか。
「そうだな、傭兵団ではそういったことはあまり気にしないだろうが、潜入者を送り込んでの情報収集や破壊工作など、表沙汰にならないだけでよくあることだ。現にここの警備部にも色々と探っている奴らはいるようではないか」
「なっ!?」
偉そうに裏社会の常識を語るロクに、ナラシチは途中まで苛立たしそうにしていたけど、最後の言葉にはただただ驚愕したようだ。いや俺も驚いたけど。
それは想定内ではあったのか、驚きというよりは困った様子のセシルが、驚いて絶句したナラシチに代わって口を開く。
「そういったことに対処はできますか?」
セシルからの問いかけに、立ったままのロクは一瞬だけ思案する様子を見せる。
「全て消せという意味か?」
「違います、できれば取り込みたいです。うまくすれば防諜機能と諜報網が同時に手に入ります」
「……、可能だ」
セシルがまた何か怖いことを考えているようだ。入り込んでいる工作員を排除するんじゃなくて、取り込んで逆スパイに仕立てるのか。中途採用募集で経験者優遇、と考えると実に商人らしい思考ともいえるけど。
「ヤミ様、ロクさんを統括に据えた情報部を設立して構いませんか?」
ロクにそういうことの対処を任せて、そのまま権限も与えてしまうつもりのようだ。まぁ異論はない。
「わかった、それでいいよ」
俺が即答で認めると、セシルはにこりと微笑み、ナラシチは表情までは変えないものの少しだけ身じろいだ。
「では情報部をこの場で設立して、統括者をロクさんにします。通称は……、“見つめる目”とでもしておきましょう」
“見通す”とかじゃなくて“見つめる”ってあたりが、何となくシンが好みそうな語感だ。何となく狂気を感じるというか。実際ここまで興味無さそうにしていたシンが、その通称を聞いて満足そうに一度頷いたし。
「人員ですが、ロクさんの方で“有望な”人を勝手に採用してください。私やナラシチさんへは事後報告で構いませんから」
「なるほど、了解した。そのようにしよう」
“有望な”を強調したセシルの指示で、理解したらしいロクは簡潔に応えた。
まぁこれで諜報とか破壊工作対策の部門ができると同時に、既に潜り込んでいる奴らの対処も任せられるなら、やはりロクはスカウトして正解だったのかな。
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